第17話

――それなのに。


 地面に叩きつけられ、画面にヒビが入ったスマホを見る。この程度でデータが壊れることはないと思うが、それでも彼女は態度で示したかったのだろう。データなど、どこか別のところに保存さえして仕舞えば、引き出せることも知っていただろうからこそ。


 目の前で自分のスマホをなんの躊躇いもなく地面に叩きつけ、さらにはそれを踏みつけにするという、驚愕の行動を取ったのだ。



「全くこっちの話を聞いてないわね! ほんとに最低! 紬を追いかけないと……っ!」



 そういって、残っていた女が慌てたようにかがみ込んで画面に大きくヒビが入ってしまったスマホを拾い上げる。壊れてしまったスマホを、本当に大事そうにその両手で包んでいるのを見て、ハッとする。



「ま、待て!」


「なによ!? こっちにはもう用事はないの! とっとと自分の持ち場に戻ったら!?」


「そんなことはどうでもいい! それよりも、なんで……」


「自分の言葉に責任が持てないのなら、一生喋るな!!」



 本気でそう怒鳴り、その女もヒールを鳴らして駆け出してしまう。


 その場にポツンと残された俺は、ただただ呆然とするしかできなくて、立ち尽くしてしまう。多分、そんなに長い時間ではなかったと思う。けれど、気づけば、頬を思い切り殴られて、その場に倒れ込んでた。


 なんで、と思って呆然として見上げれば、そこには今までに見たこともないほどに怒りをあらわにしている親父が立っていた。



「……お前は、自分のしたことがどういうことなのか、理解しているのか」


「……俺は、ただ、」


「紬ちゃんは、とても繊細で謙虚な子だったよ。お前が聞いた話を愚痴にして聞かされていた印象とは、真反対の子だった。それは、この一月、車で迎えをしているお前ならわかると思っていたのだがな……!」



 そういって、握りしめた拳を震えさせる親父に、何かを言うことができない。


 普段から温厚で、こうして殴られたのは初めてだった。言葉できつく叱られたことは何度もあったけれど、決して手をあげる人ではなかった。それなのに、今は違う。


 本気で怒り、本気で殴って来た。


 それが痛いものなのだと理解が追いつくのに時間がかかる。



「わたしのところにそういう連絡が来たということは、母さんのところにもいっているはずだ。覚悟しておきなさい」



 そう言って、親父は倒れた俺に背を向けて颯爽と歩き出してしまう。その後ろ姿は幼い頃から憧れた間の背中なのに、どうして今はこんなにも遠いと感じてしまうのだろうか。


 考えるけれど、わからない。


 今日、帰りにまた、あの女と……【日向紬】と会うことになるはずだ。その時に、あの女に直接聞けばいい。


 そして、文句もつける。


 お前のせいで、親父に殴られたと。お前のせいで、お袋にこっぴどく怒られるハメになると。


 しかし、心のどこかでそれをしてはいけないと、警鐘が鳴っているのも確かだった。

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