第16話

私の頬に傷を作ってしまったことに驚いたのか、ハッとしたように手をすぐに引いたけれど、ついた傷はどうすることもできない。


 上に持ちあげたスマホを私はそのまま勢いを殺すことなく、今度は地面に向かって投げ、叩きつけた。



「紬、だめっ!!」



 莉子ちゃんの静止の声が聞こえてきたけれど、それと同時に、私のスマホは音を立てて画面が割れる。トドメとばかりに、自分が履いているパンプスの踵で、そのスマホを思い切り踏みつけた。ガシャッ、と無機質な音が私たちの間に流れる。



「……これで、私があなた様のご両親と連絡を取ることは無くなりました。次からは、自分の領分を弁えて行動いたします」


「な、あ……?」


「御用は、お済みになりましたか?」


「…………え」


「まだ何か、私に言わなければならないことはございますか? 林様」


「あ、い、や……ない、です……」


「かしこまりました。では、失礼させて戴きます」



 ペコリと、深く頭を下げて、私はその場を後にする。莉子ちゃんが後ろから名前を呼んでくれたような気がするけれど、今は振り向くことができない。


 ――久しぶりに、胸が痛みを訴えて来たような気がした。




**




「二度と、紬に近づかないでっ!!」



 目の前にいる女に、凄まれにらまれている。それを理解することができるのに、俺は、今この場をさった先程の女の後ろ姿が、なぜか頭から離れてくれない。


 騙されていると思っていた。あの女の妹である華ちゃんの話では、そういう話だったから。愛らしい容姿でいつも涙を瞳にたたえて、それでも健気に歩み寄ろうと頑張っているのと語った彼女の姿が思いだされる。そんな女の子だったから、守りたいと思ったし、守らないといけないとも感じた。叶うことのない恋心ではあったけれど、それでも、翔と接点を持ち続けていれば完全に他人になることはないし、そばにいることもできると。そう思っていた。


 だからこそ、華ちゃんから聞かされていたあの【日向紬】という女には警戒心を持って接しなければならないと思っていた。


 幼い頃からずっと華ちゃんをいじめ抜いていた悪女。それでも、姉と歩み寄ろうと健気に頑張る華ちゃんを助けたいと思って、あの女と接するタイミングがあった時には脅しを入れた態度をとっていた。


 それなのに。



(なんだ……あの態度は…………この、違和感は……?)



 聞いていた話と、まるで違う。そう思う。高飛車で、傲慢で、意地汚い、そんな女だと思っていた。自分の思っていることが全て思い通りにいくと思っているのだと思っていた。

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