第9話

「す、すみません、ずっと立たせてしまって……! え、えと……ソファーにでもお掛けください」


「ああいや。お気になさらずに、これでも足腰は丈夫ですからな」


「で、でも……」


「ふむ……では、時間が許す限り、あなたも共に座ってくださるのなら、腰をかけましょうか」


「で、でも……っ!」


「何、この爺の話し相手になってくださればそれで良いのですよ」


「……あの、私は、この後すぐに部屋に籠らなければなりません。なので、時間も、そんなにも余裕があるわけでもなくて……」


「ほぅ? ……では、あなたの部屋にお邪魔しましょう」


「え!?」


「何、少しあなたと話したいと思っているだけですから」


「……」



 もしこれが、本来自分の住んでいた自宅の自室であるならば、何も言わない。これだけ年齢が離れている相手に、好意を寄せられているなんて流石に思うほど自惚れてもいない。しかし、ここで与えられている自室は私のために設えられた部屋ではない。本来、あの部屋にはいるはずだったあの子……華のために設られた部屋だ。


 あんなピンクピンクした部屋に、正直入ってほしくないし、入れたくない。


 そんなふうに思考をめぐらせていると、玄関の鍵が開く音がしてハッとする。やばい、帰ってきてしまった……!!


 と、突如ものすごい音を立ててリビングの扉が開かれる。



「貴様……っ! 実の妹に対して、なんと非道なことをするんだ!?」



 突然の罵声に、ああやっぱりと思いつつ、逆にこのリビングで良かったのかもしれないと思う。あんな自分には似合わなさすぎる部屋に乗り込んでこられたら、きっとそのことも含めて何か言われるだろうと今なら予想できる。


 スッと自分から表情がなくなったのをどこか遠くで自覚しながら、なんとか答えた。



「……私は、妹に対してそれほど非道なことをした記憶はございません」


「しらばっくれる気か!? 今日、泣きながら訴えてきたんだぞ!?」


「それは、お昼頃のことでしょうか? それならば、私にも事情が……、」


「お前の事情など知ったことではない! 言いたこと、聞きたいことはただ一つ。なぜ自分の肉親をそこまで貶めることができるのかということだ!!」



 朝比奈さんの言葉に、私はああ、やっぱりそういうふうに伝わっているのか、と自覚する。わかってはいたことだけれど、もうこのような糾弾をされることには疲れてしまった。



「……妹からどのように聞いたのかわわかりませんが、私は、あなた様とコネクトをとる事ができないと言ったまでです。それの何がいけないのでしょうか?」


「なぜ僕が、お前の判断で唯一愛する人との逢瀬を邪魔されなければならない! 僕はお前のものではないと言っただろう!!」


「…………それは、大変失礼を致しました。では、今後、このような誤解・・がなされないよう、あなた様の連絡先を妹へと教えておいて頂けないでしょうか? そうすれば、あの子も私にわざわざ確認を取るという面倒な手間も省けるはずです」

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