第4話
今日の分の仕事を終わらせて、退勤時間になった時、私は自分の席から立ち上がり帰り支度をする。退勤カードを切ってから荷物を取りに戻って、そのまま会社を後にした。
帰り場所は、朝比奈さんのマンション。朝に公共交通機関を使ったため、道順はしっかりと覚えているし、迷うこともないと思いからとローヒールを鳴らしながら歩いてると後ろから何故か車が接近してきて突然私のすぐ真横で止まる。
え、と思っていると、中から出てきたのはなんとも爽やかな男性だった。
「日向紬様、ですね?」
「……え?」
「お迎えに上がりました、どうぞこちらにお乗りください」
「…………あの、」
「朝比奈様からの【ご命令】です」
「……わかりました」
この人も、きっと仕事で仕方なくなんだろうと思うと断るのも申し訳なくて、おずおずと車の中に乗り込む。扉を開けてくれていたけれど、閉めるときの音が、ものすごく大きく車内で思わず体を飛び上がらせてしまうほどだった。
「……あいつめ……日向様、申し訳ありませんでした」
「え、あ、い、いえ……そういう態度も、仕方ないと思いますので……」
車内に乗り込めば運転席には初老に差し掛かりそうな男性が座っている。柔らかな声音で私に謝罪をしてきてくださったため、私も思わず反射的に言葉を返してしまった。
そんな私の戸惑いに気づいたのか、バックミラー越しににこりと優しく微笑んで自己紹介をしてくれる。
「ああ、申し遅れました。わたくしめは運転手を務めております、林と申します。よろしければ、お見知りおきください」
「あ、はい。えっと、ご存知とは思いますが、私は日向紬です。よろしくお願いいたします」
自己紹介を返してその場でペコリと頭を下げる。と、助手席の扉が開き、先程の男性が乗り込んでくる。ミラー越しに目が合うと思い切り睨まれたため、これは前を向かない方が賢明だなと判断し、私はマンションに着くまで終始下を向いてやり過ごすことにした。
たいした時間をかけることなく、車はマンションに到着する。シートベルトを外して助手席を降りようとする彼に、私は声をかけた。
「あの」
「何か?」
ミラー越しに、にこりと表面上の笑みを貼り付けた表情で私を見たその人に、私ははっきりと物申した。
「降りる時は一人でおりますので、どうぞそのままでいてください」
「は?」
「? 私が降りた後、このまま林さんとご自宅にご帰宅されるんですよね?」
「……」
「日向様、よくこの男がわたくしの倅だと分かりましたね?」
「え、だって、すごく似ていらっしゃるから……林さんも、きっとお若い頃は彼と同じように、周りの目を引くお方だったんでしょう」
「ほっほ、嬉しいことを。では、お降りの際は足元にだけご注意くださいませ」
「ありがとうございました」
そう言って、私たちはポカンとした表情で呆けている彼を置いて会話を終了させ、私はそのまま車を降りてマンションエントランスに向かう。
と。
「俺はっ!! お前を認めていないからな、女っ!!」
背後からの罵声に、ゆっくりと振り向き、私はそのまま頭を一度、下げてから再びマンションに戻ったのだった。
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