第九話

「まあ、もちろんメカニズムも全く分かんないし、花を使って抹殺するってのも意味わかんないし、それをどっから入手したのかも分かんないから、そんな信じなくていいよ。ほら、僕なんか物語に染められてるような人間なんだからさ」

 こちらの表情を見て、荒尾は慌てて手を大きく振りながら否定した。

「まあ、でも可能性があるってことを考えると……なんか、俺ら、えらい世界に入っちまったんじゃねーの?」

「……うーん、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 彼は一言一句、言葉を咀嚼、選びながら言った。

「ちょっと、そこを解き明かさなきゃいけないよな……。なあ、荒尾」

「ん?」


「こっから、俺は、あの花を解き明かして、あの花の犠牲になってるかもしれない、五左衛門や、律や、魁成や、徹矢を救いたい。そして、あの花に洗脳されているかもしれないタイちゃんを救いたいんだ。そのために、荒尾、協力してくれるか?」


 その丸い瞳をじっとこちらに向けていた荒尾は、時々、瞳を揺らした。

 俺は、じっとその返事を待つ。


「……ちょっと、それは厳しいかもしれない」


「なんでだよ?」

 予想外の回答に、俺は、バン、と音を立ててカウンターの机に手を置いた。

「荒尾、なんでだ?」

「遠本君は知らないだろうけど」

 彼は、どこか遠くを見ていた。

「僕は、肥後五左衛門と圭田律と、同じ小学校だった」

 俺は、ビクリとした。

「ちょっと、ここ見てよ」

 荒尾は、頭を指さした。


 後頭部のほんの一部の髪が無い。


「ここ、肥後五左衛門にやられたとこ」

 ろうそくの火が消えるように、彼の声は少しずつ小さくなってゆく。

「自分のはもちろん、図書館の本もビリビリに破られたり焼かれたり、勝手に机にアール十八くらいの漫画入れられて、変な噂作られたり」

 彼の目は、水に濡れて破れかかっている紙だった。怒りも湧かず、ただ過去を諦めている。

「それまで、僕はずっと、学級委員長やったりしててさ、わりとクラスの中心にいてた。でもっ」

 一度、声が喉に詰まった。そして、ゆっくりと口を開く。


「小六になって、急に“ゲーム”が始まって」


 俺は、彼がクラスを回していた日々を想像した。その時の荒尾は、常に満面の笑みで、机の周りには人の輪が出来ている。

「でも、六月、僕の水着入れが盗られたんだけど、ある女子がかばってくれた。でも、今度はその女子が肥後五左衛門に羽交い絞めされて、胸揉まれたりしてて、その間に、圭田律は、彼女の水着を僕の水着と混ぜたりしてた。その時から、表立って助けてくれる人はいなくなったんだ」

「……その女子は?」

 俺は、ゆっくりと訊いた。

「その女子も、奴らにいじめられるようになって、結局、転校したよ」

 荒尾がワナワナ震えながら下唇を噛む顔を見て、俺はその質問をしたことを後悔した。

「中学になったら、僕は図書室暮らしになって、で、奴らは、伏見君や高梨君、そして、遠本君を仲間にして、またいじめを始めた。僕は遊戯いじめ標的ターゲットにはならなかった。でも、怖くて、怖くて怖くて、ただ本を読むだけの毎日になった」

 もう、俺の喉はギュウギュウに締め付けられていた。


「いくら、僕が善人ぶるとしても、あいつらを助けるっていうシーンはちょっと……考えられないや」


 荒尾は、下を向いて微笑んだ。




「おう、徹矢。元気か?」

 珍しくテレビ電話が掛かってきたと思うと、相手は徹矢だった。

「まあ、何とか」

 顔は白く、頬の骨が見えるくらいになっていたが、目はいつもの徹矢だ。

「あれからどうなった感じ?」

「んー、まあ律と魁成と一緒に病院に運ばれて。ちょっと、貧血気味かなってことは言われたけど、それ以外には何も無いらしい。ちょっと、貧血で倒れたんじゃないのって、頭頂部ピカピカのじいちゃんに言われた」

「もう怪しいじゃんか。律と魁成は?」


「魁成は、まだまだ元気ない。この前より酷いわ。律は、まだ目覚めてない」


「そうか……」


「で、なんかお前、あの花について調べ出したんだって?」


「ちょ、え、何で知ってんの?」

「親友のことはお見通しだ。まあ、荒尾から聞いたんだけどさ」

「えっ」

 そう言えば、誰とでも話す徹矢は、荒尾とも親しかった。

「もう、止めた方がいいぞ、あの花、夜にも奇妙な物語みたいなもんなんだから、調べるとえらいことになるかもしれん」

「えらいことって?」

「呪われるとか、祟られるとか」

「さすがに、そんな変なこと起こらないでしょ。それより、俺は徹矢の敵討ちしたいし、タイちゃんを救いたい」


「立派な志だよ。でも、それを巡って、荒尾と喧嘩したんだって?」


 徹矢の顔色が少し良くなってきた気がした。

「さすが、なんでもお見通しだな。そうなんだよ、これからも協力してくれるかって訊いたら、昔、五左衛門とか律にいじめられたから無理だって」

「まあ、そりゃそうだろうな。そこでどうやって協力を得られるかは、リョウ次第じゃない?」

「……そうだな」

「もし俺が荒尾だったら、多分、五左衛門と律に関しては、どうしても無理だと思う。それだけ心の傷が深いんだったら」

「……確かに」


「なら、それよりも荒尾が守りたい、救いたいと思うものは何かって話よな?」

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