荒尾啓太

第七話

 僕がそれなりに善い人だったら、過去に自分をいじめた人を許すことも出来ただろうか。


 さすがに、それではストーリーは完成しない。

 だからと言って、僕には彼らに復讐するほどの力も、度胸も無い。


『やっちゃん、自分をいじめた人を救うことって、出来る?』


 既読はすぐだった。


『んー、程度にも』

『結構酷かったとしたら?』

『……まあ、無理して許しゃんでもいいっちゃない?』

『ありがとう』

 スマホを切って、さっさと眠ってしまおうとすると、追加でメッセージが届いた。

『もしや、けいちゃん、いじめられとーと?』

 これを言わせる僕が情けなかった。

 やっちゃんは、どんな表情をしているだろう。

『いや、昔の話』


『いじめっ子、憎か?』


 僕は、すぐには指を動かさなかった。

『……まあ、そりゃあ憎いよ』

『殺したかくらいと?』

『……さすがに、殺せないよ』

『協力しちゃろうか?』

『え?』

『復讐』

『いや、いいよ、そんなの。ヤバいやつらだし。ちょっともう寝るわ』

 オッケー、とスタンプが送られてきたところで、僕の身体はベッドに吸い込まれるように落ちていった。




 目覚めはすこぶる悪い。

 瞼はヨボヨボで、身体は全身が鉛になったみたいに重い。口からは、挨拶代わりのように欠伸が出る。

「おはよう」

 と、そこに遠本君が来た。

「おはよう……」

「荒尾、ちょっと、これ、頼む」

 遠本君は、一枚の二つ折りにした紙を置いていった。

「……何だろう」


『拝啓、荒尾啓太様』


 わりにシャープな文字で、そう書かれていた。


『俺は、別に五左衛門と律は、助けなくていいと思う。俺も、あいつらの酷さはよく身に沁みてる。俺は好きにするかもしれないけど、荒尾は別に、そいつらを助ける必要は無い。なんなら、死なない程度に、好き放題殴ってもいい』


 本文は、普通の溜口で、僕は自然に口角が上がっているのを薄々感じた。


『でも、荒尾。俺は、誰よりも、徹矢とタイちゃんを救いたい。徹矢は、小学校の時からずっと一緒で、ずっと同じ思い出を共有してきた、変な言い方だけど、分身みたいな存在だ。タイちゃんは、途中から来て、ずっと仲良くしてきた。で、ちょっと変なことになっちゃって、ずっと罪悪感を持ってた。謝りたかった。今、タイちゃんはあの花に洗脳されてる。それを、どうにか解きたい。しかも、もしあの花をどうにかできれば、荒尾の彼女も救えるかもしれない。後で、このアドレスを見てくれれば、分かるから』


 そう結ばれていた。




 給食前になり、僕はパソコンをひっそりとカウンターへ持っていき、遠本君の手紙に書かれたアドレスを打ち込んだ。

「……何だこれ」

 出てきたのは、「怪すれ」と題の付いた、ネットスレッドだった。

 最初の投稿者は、「Y.Shinonome」という人だ。


『情報求ム。何やら、消しゴムに恨みを持つ人の名前を書き込んで、土に植え、ある花の種を育てると、その人が花の近くに来た時、その人の気力を奪う、というものがあるらしい。イマイチ良く分からないけど、若者の間でそういう都市伝説があるってことなので、誰かご存じの方がいれば』


 次に、返信した「名無しさん」という人はこうとだけ書いてある。


『それはおそらく、『嗤う花』というものです』


 今度は、「普通の学生」というどこにでもいそうなハンドルネームが、こう言っていた。


『うちの学校でもその話があって、葉っぱは毒なんだけど、種は物凄いエネルギーになって、百メートルを十秒切れるとか切れないとか、どんな難病でも治るとか治らないとか』


 それ以上の情報は集まっていなかったが、僕はそれに吸い寄せられていた。

「荒尾さん、何見てるんですか?」

「えっ?! あ、そ、そうですね、ドリルやってました」

 北井がいきなり上からパソコンを覗き込んできて、僕は素早く画面を切り替えた。

「……そうですか。さすが優等生ですね」

 北井は、ニッコリと笑って、図書室を出ていった。




「へー、荒尾って剣道してたんだ。めちゃめちゃ意外」

「よく言われるよ。ちっとも強くないけど」

「にしては、時々表彰受けてることも多くない?」

「やめてよ」

 部活着のまま、急いで生徒玄関前に出てきた僕を、遠本君はニンマリと笑って迎えた。

「で、荒尾、決めてくれたか?」

「うん」

 僕は、一も二も無く言った。

「江崎君が、もしやっちゃんを消そうとして、消しゴムに名前を書いたら大変だから」

「スレッド、見てくれたのか」

 彼は、満足げに頷いた。

 江崎君は、自分が僕と付き合うことについて、まだ諦めていないと言った。また、綾辻由梨乃という名前も知っている。


「で、江崎君が花によって変なことにされてるのなら、僕も助けたい。……一応、僕のことを好きになってくれた人だから」


 遠本君は、ふっと電気が消えたみたいに真剣な表情で僕の話を聞いていた。と思うと、途端に頬をププッと膨らませ、口を大きく開けて、声無く笑った。

「さすが、図書室の天然王子だ。俺だったら、そういう人まで大事に出来ないかもしれない」

「ねえ、遠本君。協力する代わりに、一つお願いがあるんだけど」

「ああ」

 随分早くなった夕暮れの光が、僕たちの顔を照らしてゆく。

「どうにか出来たら、肥後五左衛門と圭田律をボコボコにさせてくれるよね?」

「ああ、もちろん。しっかり、更生させてやってくれ」

「あ、それと、もし、岩片さんがあの花が原因で休んでいるのだとしたら、それも助けてね」

「……一つじゃねーじゃん。しかも、また自分のことが好きな性格悪い女子のこと救おうとしてる」

 呆れたように、遠本君は言った。でも、顔は、これまで服従を強いられていた時には見られなかった、夕陽に負けない笑顔だ。


「でも、そうやってみんなのことを救おうと出来る心があるなら、五左衛門と律も許して、楽になれると思うぜ」


 僕は、遠本君の肩に手を乗せて、一つ頷いた。


「それも、リョウのおかげだよ」

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