第八話

 URLからそのサイトを開けてみると、どこかの研究機関などのものではなく、個人が作ったサイトのようだった。

 しかし、『世界花事典』の名前を冠しているくらいには、情報量は膨大で、引用元もそれなりにしっかりしているように見える。

 肝心のその花は、良く分からないアルファベットの羅列の名前だった。

 確かに、中南米に自生しているようである。


『かなり希少で、分類など詳しいことは分かっていない。現地住民の間では『嗤う花』や『煽る花』、『香水花』などと言われているようだ』


 見た目の特徴などは、江崎宅にあるあの花と同じだった。

 にしても、分類すらも分かっていないというのは、いい話ではない。


『インカ帝国が繁栄していたような時代、民族間の紛争に使用されていたという記述がある。信憑性は少ないが、この花の葉をすり潰して毒にして飲ませたり、花を相手陣営に植えて、兵士の血液を吸わせていたという』


 兵士の血液を吸わせていた、というのはなんとも理解しがたい記述だ。

 しかし、俺はあの時の光景を思い出す。

 花は、お辞儀するように徹矢や魁成に近寄り、葉を身体に触れさせ、意識を失わせていった。

 その時に、それと言った攻撃は一切していない。

 なのに、彼らは倒れてしまった。

 その時、葉から毒でも注入したのか、あるいは、血液を吸ったのか。

 背後に幽霊がいるかのような、ぞくっ、という悪寒が走った。

 嗤う花、それは、もしそのような行動を本当にしているのだとしたら、単なる気味悪い植物で片付けることは出来まい。




「おはよう」 

 荒尾は、自席でのんびりと読書を楽しんでいた。

「おはよう」

 彼は、黒目だけが上下して、時々ハラリとページを捲るという動作に終始していた。

「おい、荒尾、悪いけど、ちょっとだけいいか?」

「……え、いたの?」

 本の上から顔を覗かせると、彼は目を丸くした。

「いたよ、さっきから。ずっと言ってた。さすが」

「その先は言わなくていいよ。で、何を言いにきたのかは分かってる」

「何だと思う?」

「あのサイト、見たんでしょ?」

「ピンポン。いやー、よく見つけてくれた、ありがとう」

 荒尾は、すでに文字の羅列に目を戻していた。

「……まあ、後で話すわ」

 俺には、引き下がるしかなかった。




 ピーンポーンパーンポーン

 号令が掛かり、席に着く。

 北井が話し出した。

「えー、まず、今日の欠席は、肥後五左衛門さん、圭田律さん、伏見魁成さん、高梨徹矢さん、岩片冴姫さん。ちょっと多いですが、みなさんもおかしなことにならないよう、注意してください」

「え、冴姫休みなの? なんで?」

 岩片と仲のいい女子の一人が言った。

 どーせ、モデルかなんかのお仕事があるんだろ、と俺は欠伸を一つ。

「なんかね、ちょっと体調が悪いそうです」

 北井の歯切れは、普段の五倍悪かった。

「体調悪いって、まさか、冴姫まで、肥後とかみたいになったんじゃないでしょうね?」

「さあ、少なくとも、先生は存じていません。ひとまず、そういうことなので、みなさんも十分に注意して生活してください」

 号令がかかり、全員が起立し、北井と向き直る。

 と、北井は、何やらチラチラと右の方を気にしていた。

 俺は、ふとそちらの方に目をやってみる。


 タイちゃん、江崎大河が、ニヤニヤと笑っていた。




 手にこびり付いたボンドのように、あの笑みが脳から剥がれない。

 彼は、なぜあんな笑みを浮かべていたのだろうか。

 岩片の欠席と、何らかの関係があるのだろうか。 

 あるとしたら、それには『嗤う花』も関わってくるのだろうか。

 昨日、荒尾から送られてきたウェブサイトの内容が脳にちらつく。

 だが、過去の中央アメリカの民族紛争と、現在の日本の学校が、結びつきそうで結びつかなかった。


「荒尾」

「……何?」

 相変わらず、カウンター席で本を開いていた荒尾は、今度はすぐに気が付いた。

「なんかさ、今日、北井が話してから、タイちゃん……江崎大河が、ニヤニヤ笑ってた」

「へー」

 俺が悩んでいるのが虚しくなるくらいの、ボーっとした返事だった。

「一体、それは何でだと思う?」


「岩片さんが消えて嬉しいんじゃないの?」


「……どういうことだ?」

 消える、という言い方には、底の無い穴のような闇が混じっていた気がした。

「江崎君が、今朝、随分早くに来ていたんだけど、その時に言ってきた」

「……なんて?」


「『岩片さん、多分今日来ないから、良かったね』って」


 荒尾の言葉に、タイちゃんが言ったような声が重なった。

「なんであいつ、そんなこと知ってるんだ?」

「それも、もしかすると、いや、本当にもしかすると、なんだけど。全く現実的じゃないし、オカルトめいた考えだし」

「それでもいいから、言ってくれよ」

「良いんだね?」

「ああ」


「江崎君は、あの花を利用して、自分が嫌う人を次から次へと抹殺しようとしてるんじゃないかな」


 俺が避けてきた可能性を、荒尾はあっさりと言い切ってしまった。

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