幕間
親友
「僕、遠本涼一郎。君は?」
「
二人の少年は、そう初めての会話を交わした。小学三年生のことである。
「お母さんは何してるの?」
「分からないぃ」
「じゃあ、お父さんは?」
「えーっと、なんか分かんないけどぉ、そこそこおっきな会社の社長みたいなぁ」
タイちゃんは、この時から既に出っ歯ではあったが、髪はサラサラのショート、眼鏡はまだ掛けておらず、今よりもずっと恰幅の良かった。
喋る時も、少しガラッとしてはいるがはきはきと話し、変に取り乱したりすることも無かった。
近くに、目を傷めてしまいそうなほど真っ白な、平屋が出来たのがついこの間。夏も真っ盛りの時だ。
まだ、タイちゃんは、その当時の父の姓である城木という名前だった。
俺たちが住んでいる辺りの小学校は随分遠く、しかも、三年に関しては男子二、女子四の七人しかいなかった。
その男子は、俺と、高梨徹矢だ。
いきなり入ってきたよそ者が、高給取りと、それにぶら下がっているだけの風俗女ということで、逆風は強かった。
が、タイちゃんは、すぐに僕たちに馴染み、校庭では他の学年と一緒にサッカーボールを追いかけたり、鬼ごっこをしたりしていた。
運動神経はよく、テストもそれなりに採れている。
「タイちゃん、ちょっと探検しようぜ!」
ある時は、俺と徹矢と三人で、山の中に一緒に入って神社を荒らし、住職に一緒に怒られたこともあった。
また、ある時は恥ずかしがりの女子に告白され、一カ月ほど付き合ったこともあった。
お前ら、このままいつ結婚すんの? いつその先のステップへ進むの? キスした? ハグした?
そんな風に、徹矢と茶化したりしながらも、本心では、俺たちは少し、タイちゃんを妬んでいた。
それでも、俺たちは常に一緒で、ある年の七夕には、この先も三人で仲良くいれますように、と星に願いを掛けたのだ。
しかし、何億光年も先の星には、俺たちの思いなど届くことは無かった。
小学五年にもなると、彼女持ちのタイちゃんは、最近彼女とあった出来事なんかを話し出した。
ガラガラで、活舌の悪く、出っ歯で、その頃から掛け始めた眼鏡は彼の良いとは言えない顔を何十段もランクダウンさせた。
他の女子たちは、韓国のイケメンアイドルたちの話でもちきり。
俺と徹矢は、少しずつ胸に憤りと妬ましさを溜め込んでいった。
その年の、冬に差し掛かった頃。
参観日にやってきたタイちゃんのお母さんは、額にガーゼを当て、目元や頬には絆創膏という、不良同士での喧嘩でもしたかのような様相だった。
他の母親たちが、「城木さんち、別れたらしいわよ?」なんて、なんの秘密にする気もないヒソヒソ話をしているのを、俺たちは聞いてしまった。
タイちゃんの手には、大きな火傷の跡が出来ていた。
彼女には、その手で握られたくないから、と別れを申し入れられたそうだ。
その時の俺たちには、心配や励ましの言葉を掛けることは出来なかった。
結果、彼らの家はどんどんと落ちぶれていった。
眩しかった家の壁は、剥がれた塗装の補修も無く、青く見えた隣の芝は、誰からも敬遠されるようになった。
姓は母の「山田」になり、六年になった頃には「大江」になり、中学になるとまた山田に戻り、中一の終わりには江崎になった。
それでも、俺たちは、タイちゃんに何も言うことが無かった。
中学に入って、一クラス二十人になり、俺と徹矢は、饅頭を巨大化したような身体の男、肥後五左衛門に会ってしまった。
「ようお前ら、今のうちに手先になりゃあ、この先楽するぞ」
深く考えることも無く、俺たちは五左衛門や、同じく手先になった圭田律、伏見魁成と仲良くなった。
五左衛門と律がとんでもないやつだったことは、後に知ることになる。
彼らに命じられ、タイちゃんの靴をライターで焼いて、タイちゃんと顔を合わせた時には、俺は見たことも無い電車の線路に飛び降りたいような気分だった。
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