荒尾啓太

第一話

 まるでドラマみたいな世界線だ。

 僕は自宅へ向かいながら、何度も何度も封筒からその便箋を取り出しては、几帳面な筆跡を見て、頬と胸が蕩けそうになる快感を味わい、もう一度、そっとそっと封筒に戻すということを繰り返していた。

 やっちゃんは、恐らく隣ぐらいの中学校にいるのであろう、同じ十四歳だ。

 少し身長は高めで、綺麗な黒髪のロングに濃いアイライン、長いまつ毛、つんとした鼻、と、クールで少しミステリアスな女子だ。基本的には言葉少なめ、しかも博多弁で、ちょっぴり感情が読みにくい。

 知り合ったのは、二カ月前、隣町で開催された古市。その時、彼女は僕に何かを感じたらしく、連絡先を交換して、時々二人で遊ぶようになった。

 僕と遊んでいる時、やっちゃんはご機嫌だった。

 そして、たった今、人生初の“ラブレター”をもらい、やっちゃんを良き友人と感じていた僕は、交際を了承したのだった。


 帰宅すると早速、スマートフォンにメッセージが届いていた。

『荒尾君、今日はばってんありがとう。これけんよろしく』

 照れるような顔の絵文字を添えて。

 僕は知らぬ間に口角が上がっているのに気づいて、母の料理の音に紛れて自室へ入った。

『こちらこそありがとう、よろしく』




 翌日。起きたのは普段の六時半より三十分遅く、目はしゃばしゃばだった。

「ほら、やっぱりあんた、昨日、珍しく遅くまでスマホ触ってるからでしょ?」

 朝食の時、母さんがそう言ってきたことが、何かの勲章のように思える。


『おはよう、目がグダグダたい』


 食事中に、スマホが鳴った。

「あ、あんたもついに食事中にスマホ触るようになったの?」

 母さんが、目玉焼きをジュウジュウ焼いているフライパンに向き合いながら、ぴしゃりと言った。

「え、いや、なんか鳴ったからさ……」

「食事中はダメって言ってるでしょう。それくらいは守って」

「いや、ホント大事な用事で」

「何、もしかして彼女でも作っちゃったの?」

「え、ええええええ、いや、彼女というか……」

「彼女は中学のうちは禁止って言ってるでしょう。どうせ長続きもしないし、ろくなことが無いんだから」

 母さんは、口の中を噛みながら、目を光らせた。

「いや、だからいるわけないじゃん、そもそも」

「そぉーですぅーか」

 僕はシチューを一気飲みして、ごちそうさまを言いながら階段を駆け上がった。


『ごめん、母さんにバレそうになって返信できなかった』

 二分ほどで既読は付いた。

『そうなと? 交際禁止みたいな家と?』

『バレないようにするから大丈夫』

『そうかぁー』

 悲しんでいる絵文字が添付されてきた。博多弁のイントネーションを脳内で再生して、クスリと笑う。

『学校終わってから、会える?』


『ああ、ごめんなー。私は今日学校行けんの』


「え?!」

 一人、僕は大声を上げて、すぐに返信を打ち返す。慣れない入力に何度も誤字しながらも。

『どうしたの? 何かあった?』

『ごめん、それは言えんの。家族の話で』

『そっか。じゃあまた。行ってくるわー』

『行ってらっしゃい』

 スマホの電源を落として、制服に着替えている間も、僕の脳内にはさっちゃんの家族の話が回っていて、どこかソワソワしながら家を出た。




「おはよ」

 ソワソワした気持ちのまま、僕は教室に到着した。人はまださほど多くない。。

「お、荒尾、昨日彼女出来たんだってな! おめでとう!」

 複数人の男子に囲まれる中で、大きな身振り手振りで話していた高梨徹矢が、飛び出してきた。

 山に囲まれた田舎は、話が伝わるのも早い。

「うっ、苦し」

 そのまま、こちらの胴体をぺしゃんこにする勢いで抱きしめてくる。

「相手はどんな人なんだ?」

 目を輝かせて、徹矢は言った。

「まあ、僕と似たような人、かな。仲良くしてたら、気づいたらこうなってた」

「どっちが告ったんだ?」

「なんか、相手が手紙渡してきてさ。読んで、『これってつまり、どういうこと?』って訊いたら、相手がちょっと顔赤くしながら呆れ顔で、『コクハクばい』って言った」

 その時のことを語ると、徹矢と、その後ろで身を乗り出して聞いていたクラスメイトは、少し目が大きくなったと思うと、力なく口が開いてきた。

「お前、これってつまりどういうことって、恋愛小説とか読まないのか?」

「まあ、フィクションだし、所詮大人がやるようなものじゃないの?」

「荒尾……」

 なぜか、徹矢は憐憫の眼差しで、両肩に手を置き、ダランと首を垂らした。

「え?」


「さすがは……図書室の天然王子と言われるだけあるよな」


「……そんな風に言われるの? しかも、僕別に天然パーマでも無いし」

「……マジか」

 徹矢の身体が、肩に手を置いたままずり落ちていく。

「え、何々?」

 バックの青年たちは、頭を抱え、天を仰いでいた。

「まあ、ひとまず、これから、荒尾と彼女は特別な関係になるわけだから、しっかりと彼女を守ってやれってことだ」

「守るって何から?」

「んなの、迫る脅威からだよ。男だろ?」

「今はジェンダーレスなんだから、男も女も無いよ」

 僕の一言に、彼らは腰に手を当て、溜め息をついて笑っていた。

 それを見ながら、今頃、学校に行けないというさっちゃんは何をしているのだろうと僕は思った。

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