第3話 人畜無害な一般のイチゴ

 目を開けたときにはすでに遅かった。自分は最初、自分の顔を跨いで立つ少女の一人を認めた。続いて、自分の身体を抑えるように覆い被さって、顎を掴んで口を開けさせている少女に気が付いた。

 自分の顔を跨いで立っていた少女は、良く見ると、片手に包丁を持っているではないか。「危ないっ」そう言うより早く、少女は自身の左手の人差し指を切断していた。少女から離れた指は、垂直に口へと落ち入って、自分は動揺でそれを噛み潰してしまった。舌をくすぐるような、イチゴの甘い味がした。

 少女等から逃れようと布団の中から跳ね起きた。すると、自分を抑えていた方の少女が吹き飛び、自分の顔を跨いでいた少女は体勢を崩して床にしりもちをついてしまった。寝起きで少女等の人外な軽さを忘れてしまっていた。

 「君たちは何をしているのか分かっているのかっ」強い口調で自分は言った。

 「理解しています。私はあなたに自身の指を食べさせた。間違いはありますか」しりもちをついた方の少女が淡々と答える。

 「私たちは人畜無害な一般のイチゴです。それ以上でも、それ以下でも、それ以外でも無いです。だから次に私の指を食べてください」吹き飛んだ方の少女が言う。

 「ま、まだ僕は説明されていないぞ。休息を取ったのに、君たちが人間の形をしているように見える訳を。僕は人型のものは食べない。僕の道徳感情がそれを許さない。たとえ、君たちの身体がイチゴの味だとしても」

 二人の少女は体を起こし、半ば掛布団に埋もれている自分の前に横一列に並んだ。何が行われるのかと構えると、二人は体を小さく縮めて、土下座したのだった。二人が同時に言葉を口にした。

 「お願いです。どうか、どうか食べてください。私たちのために、どうか食べてください。私たちイチゴを、ただ食べ切るだけで良いんです。あなたにしかできない。どうか食べて、お願い」

 少女等の声音には、狩人に追いつめられた獲物が発する特有の鳴き声に似た、一種の切迫感が感じられた。顔は見えなかったが、片方の少女は涙を流しているようだ。

 「すまないが、それはできないんだ。君たちは愛らしい少女の姿かたちをしている。それを誰が食べられるというんだ。僕は食べることができない。それを理解してくれ」

 少女等の懇願を拒否するというのは、多少胸が痛んだ。だが、そもそも何が理由で泣いているのか。寝入る前の質問、その時は一蹴されたが、なぜ人型であるのかをもう一度聞いてみることにした。

 「改めて聞くが、どうして君たちは人間の姿をしているんだい」

 「それは、脳ない、」涙を流していた方の少女が何事か口にしようとしたそのとき、もう一人の少女が手でそれを制した。涙を流していた少女の耳元に口を近づけると早口で囁いた。内容は聞き取れなかったが、それが重要なことであることは間違いなかった。なぜなら、囁かれた少女の、ただでさえ白い顔や、ワンピースの袖からすらっと伸びた腕から、サッと血の気が引いたからだった。何かを言いかけた少女はそれっきり黙り込んでしまった。

 「キッチンを自由に使っても良いですか」もう一人の少女が言った。

 「良いけど、別に大した調理器具や食材は置いていないよ。なんなら、大したものでない調理器具も置いていないかも」

 調理のできる環境があれば良いのです、少女は言うと、黙ってしまった少女の背中を叩いて立ち上がらせ、二人でキッチンに行った。二人を欠いた居間の空間は急に寂しく感じられてきて、自分は携帯を開いた。イチゴが人間に見える、そう検索をかけたが、それに類似した結果すら見当たらない。仕方なく自分は、動画視聴アプリを開いて時間を潰すことにしたのだった。

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