第31話 駄作からの神作
「このクソほどつまらない本と同じクオリティだったら死刑だよ」
この人の言う死刑は脅しや比喩表現なんかではなく本当に死に至らせるので少し怖い、まぁ生き返るのは確定しているのだが。それにしてもクソほどつまらない本とはひどい言われようだ、しかし否定は出来ない、今の作品に比べれば俺でもその評価をする気がする。
「一応殺されない自信はありますよ」
俺のセリフを聞き師匠はニヤニヤと笑い始める。
「では見せてもらおうか」
パソコンを渡すとどこからともなく眼鏡を取り出し新鮮な眼鏡姿をプレゼントしてくれる、やはりよく見なくても美人だ、長く美しい黒髪に整いすぎた目鼻立ち、大和撫子とも日本人離れしているとも言える唯一無二のビジュアル、新山千という新しい見た目の区分を作り出している。普段なら俺がこんなくだらないことを考えているうちに読み終わっているのだが今回はゆっくりと時間をかけ読んでいる、ニヤニヤとした薄ら笑いは消え真剣な表情崩さない、普段とは見た目も行動も違く緊張感を覚える。
「あの…師匠、どうですか…?」
恐る恐る途中経過を尋ねてみる。
「集中しているから話しかけるなと言ってもいい所だが私はなんでもできるからね、読みながらでも質問に答えてあげよう」
うざいなぁ。
「結構自信あるんですけど面白いですか?」
くだらない自慢をスルーし遠慮なく質問させてもらう。
「…そうだね詳しい話はあとでするとして、前回よりは良くなっていると言ってもいいね」
そう言い師匠は再び黙々と読み始める、普段は一瞬で読み終わるので待機している時間などなかったのでこの時間をいかに消費するべきかが分からない。部屋をうろうろしたりベランダに出てタバコを吸ってみたり色々と試行錯誤してみるが時間の進みは変わらずゆっくりだ、キョロキョロと部屋を見渡し暇つぶしの道具を探しているとベッドの上に師匠がさっきまで読んでいた俺の本が置いてある。あの時全力で執筆したものが今となっては暇潰し要員に成り下がっていることに微かな悲しさを感じる、それでもそれ以外にすることも特にないので手に取り読み始めることにした。
タイトルは「俺は異世界ハーレム生活しか望まない」だ、チート系主人公に大量の美少女たちとのハーレムに異世界と流行りものをこれでもかと詰め込んだだけの駄作、何故それが流行っているのかを考えもせずに輪郭をなぞっただけの惰性で作られた一作は今では黒歴史と化している。覇権ジャンルというのは複数の神作家たちが似たような大枠の中でそれぞれが違う個性をこれでもかと言うほどに光らせたことで覇権になっているというのを当時の俺はまるで理解していなかった、いや理解しようとしていなかった。自分が書きたいから書くのではなく流行りに乗っかれば本気を出していないという自己保身が出来ると思いながら執筆していた、それで人気が出ると勘違いをし無駄に時間を浪費していた。いや、 無駄ではない。この作品を書いたことで今があると信じている、これまでの人生で無駄などないと思いたい。しかし「俺は異世界ハーレムしか望まない」は結果としてつまらないものだった、師匠ではない人が見てもボロクソにこき下ろされるだろう。自分の作品を読むときはいつでも少し恥ずかしいものだがこれはいつもよりかなり読むのが苦しい、己と戦っていると師匠が読み終わったようで話しかけてくる。
「駄作界の最高傑作を読むのはそこまでだ」
いつも通りの腹の立つ言い回しにツッコむ元気が失われている。
「はい…どうでした?」
蚊の羽音くらい小さな声で聞いてみる。
「面白いよ」
「本当ですか!!?」
俺という人間は単純なようで少し褒められたら一気に元気が湧いてくる、いや師匠に褒められたからここまで嬉しいのかもしれない。
「ただ、一つ改善点がある」
分かってた、100点で全て完璧なハズがないのだと。それでも上がりきったテンションが少し下がってしまう。
「この後の勇者との再会で主人公は絶望の淵に立たされるはずだ」
「そうですね、ラスボスが恩人の勇者である驚きとかを読者に与えられたらなあとは思ってますよ」
具体的な反省会が始まる。
「それなら戦闘中にもっと勇者の復讐ということを強調したほうがいいね、そのほうがインパクトがあるよ」
「なるほど…」
どんなに性格が腐っていても流石はベストセラー連発の超売れっ子作家、俺が考えてもいなかった指摘をくれる。
「序盤で大量に入れた勇者との日常パートを活かすんだ、ラスボス戦というのは一番の見せ場だからね」
「感情を揺さぶれってことですね!!」
「その通り、何故最初からそれをしない」
それは当然俺の脳内にその考えがなかったからだ、自分で言っていて悲しくなるがこれを糧に成長すればなにも問題ない。
「では直しが終わったら呼ぶように」
「わかりました」
師匠が消えるのを確認しパソコンに向かい合う、すっかりルーティンと化したがよく考えなくても人が急に消えるのはルーティンにしていいことではないと思う。
今回の修正は主人公が勇者のことを思うシーンを書くこと、いつもの内容を書き換える修正ではなく付け加える直しなのでそこまで時間はかからないだろう、師匠に褒められた作業の速さを遺憾なく発揮しドンドン書き進める。
「なんか外が騒がしいな」
ノイズキャンセリングイヤホンを貫通してくるほど大きな騒音に襲われる、なんだか外が騒がしいがそんなものに気を取られている暇はない、俺は夢に向かって突き進むのだ。
国を亡ぼすシーンで勇者に思いをはせる描写を入れたので指摘されたわけでもないのだが魔王との戦闘シーンにも手を加えることにする、この場面に同じ熱量で勇者のことを思いやってもクドイだけなのでメインは一部のクラスメイトへの思いの追加、勇者についてはほどほどで終わらせる。そうするとその思い入れに相応しいエピソードを用意しなくてはならない、更に遡りクラスメイト二人との日常を書く。書いては直し書いては直す、俺も少しは作家らしくなってきたのではないだろうか、これまでは内容をまともに見直すことなんてなかったので自分の変化が素直に嬉しい。
――ピンポン――
作業の終わりを告げるようにチャイムが鳴る、陽太か桃華が遊びに来たのだろう。疲れているので居留守を使いたいが両者ともにめんどうなことになりそうなので大人しく呼び出しに応じる。
「はいはい、なんの用だよ」
めんどくさいですよというオーラを出しながらドアを開ける。
「引っ越してきたわよ!荷ほどき手伝いなさい!」
早くないか?異世界に行ってたので正確な時間感覚がないのだがとてつもなく早い行動だと思う。しかし師匠は俺たちが異世界にいる間はこっちの時間は止まっていると言っていたので俺の想像より恐ろしいほど短時間で引っ越してきやがった…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます