第30話 世紀の睨み合い

 「千…やってくれましたね…」


 「世界を救ってくれとは言いましたが腐った国を滅ぼしてくれなんて頼んだ覚えはありませんよ」


 俺はてっきり世界を救うのために王を殺し国を再起不能に追い込んだのだと思っていたがどうやら違うようだ、あの国を放置していても残りの魔王を倒せば平和が保たれるらしい、つまり俺の成長のための行動だったようで一人で感動してしまう。


 「エリラには悪いが私は世界を救う勇者である前に九重君の師匠だ、彼に必要なものを与えてあげる義務があるんだよ」


 あの新山千からこのセリフを聞くことができただけでも弟子入りした価値があるのだが、流石に俺の成長と世界の平穏を天秤にかけると世界の方が大事だというのは分かりきっていることだと思うが師匠はそうではないらしい、ありがたく厚意を受け取っておく。


 「だとしても!カニラを滅ぼすのは悪手です、軍事力や経済面でもトップクラスの規模を誇るあの国はギリギリまで活かしておく方が良かったのに…」


 誰よりも何よりも世界の平和を望むであろう女神様は納得ができないようで反論する。


 「それは大量の奴隷たちのおかげで成り立っているに過ぎない、エリラも分かっているはずだよ私がいればあんな国があろうがなかろうがなんとかなることを」


 一見破綻している理論にも思えるがなにも間違ったことは言っていない。残りの魔王を倒すことなど造作もなくここからでも命を奪うことも出来るだろう、腐った国を滅ぼし迫害されてた人達に衣食住を提供することも簡単にできるはずだ。犠牲になっている人々のことを考えると少しでも早くあの国は消しておくべきだ、女神様もそれを理解しているので渋々師匠の言うことを聞く。


 「では今から残りの魔王を倒してきてください、それで今回のことは不問にします」


 妥協に妥協を重ねた女神様の提案を師匠は一蹴する。


 「断る、今から九重君の作品の修正作業に入る、その後なら対応しよう」


 今日の師匠はやけにカッコいい、普段は天上天下唯我独尊を地で行く横暴で思いやりの欠片もない人物なのだが今は師匠としての役割を全うすることに徹している、女神様との衝突を恐れないその姿にはどんな賞賛も足りない程だ。


 「いい加減にしてください、私はアルデカーナを救う義務があるのです」


 女神様の周りを激しい雷が覆う、肌を刺されているかのような鋭さを感じこれまで出会った四天王や魔王よりも強いというのが伝わり戦闘体勢に入ったのをすぐに理解する。


 「さっきも言ったが私は師匠を全うする義務がある」


 対する師匠からはドス黒く禍々しいオーラが出ている、負の感情を煮詰めたようで近くにいるだけで吐きそうなほど不愉快な雰囲気が漂っている。それなのにニヤニヤと笑っているその姿が不気味さを際立たせていた。


 「千、私と戦うつもりですか」


 最後の意思確認にも師匠は一歩も譲らない。


 「あぁ、そのつもりだが?」


 このセリフを聞いた後に女神様の周りを覆っていた雷がスッと消えていく。


 「はぁ…あなたと戦うほど愚かではありません、全く…なんで千にこんな力が与えらたのでしょうか」


 「それは神や他の女神に聞くといいよ」


 禍々しいオーラも消え俺はようやく不快感から解放される。


 「ぷはぁ!!」


 あのまま戦闘が始まっていたら間違いなく死んでいた、今すぐ逃げたいがどうしようもない状況に呼吸を忘れてしまう程に。女神様にも当然恐怖を感じたが問題はもう一人の化け物、今まで本気の一割も使っていなかったであろう師匠がいつもより少し力を開放した影響もありただ震えることしか出来なかった。


 「九重さん申し訳ありません」

 「いや大丈夫ですよ!」


 女神様が頭を下げる、心の底から申し訳ないと思っているのが伝わる。


 「悪いね九重君」

 「いえいえ、頭を上げて…ん?」

 「なんだい?」

 「なんでもないです…」


 一方こちらは頭を下げる気配がない、少しも頭が下がることはなくなんなら上へ向かって俺を見下している。俺はどちらかというなら貴方の方から不快感を感じたんですけどね…


 「では私達は帰るよ」

 「分かりました、なるべく早く残りの魔王討伐してくださいね」


 相当我慢しているのか最後にもう一度念押しされる。


 「エリラさん本当すいません俺のせいで…」


 さっきまでは何も感じてなかったがよく考えると師匠は俺に時間を使うために他のことを後回しにしている、俺の存在が女神様に迷惑をかけているのではないかと思い一言謝罪を入れておく。


 「九重さんが謝る必要はありません、気まぐれで行動している千が悪いのです」

 「ひどい言われようだ、じゃあまたね」


 そして俺たちは家に帰ってきた。


 「では修正作業を始めよう、カニラを滅ぼしたことをそのまま使うのではなくそれを活かして腐った国を描写するんだよ」

 「分かりました」


 言いつけを忠実に守り改稿しようとパソコンに向かうが何故か師匠はベッドの上で本を読んでいる。


 「なにしてるんですか?」

 「見て分かるだろ?本を読んでいるんだよ」

 持っている本をよく見ると師匠と出会う前最後に書いた俺の作品だった。

 「なんでそれを…」

 「デビュー作と比較する為だよ、気にせず続けたまえ」


 文句をいったところで何も進まないので大人しく作業に移る。

 魔王を倒した後に復讐の為城に乗り込むと主人公が受けた奴隷のような扱いをされている人たちを目撃し更に怒りの炎を燃やす主人公、護衛の兵士達を皆殺しにし王の居る部屋に入るとかつて自分たちが迫害し追い出した少年ということに気付く王、クラスメイト達を殺すために追い出したのを思い出し成果を聞く。主人公は殺したことを伝えると自分たちもターゲットであることに気付かぬまま大喜びする愚かな王とその従者、そして提案されたのは再びこの城で雑用として生活することだった。人を人と思わぬ言動を続ける全ての元凶である王とその周りの人間を勇者から受け継いだ能力で一網打尽にする。

 流れが決まったので丁寧に書き進める、特に力を入れたいのは王の愚かな言動と戦闘シーンで蹂躙するところだ。自分の利益しか考えない権力者と直接話したことで憎く吐き気を催すほど気持ちの悪い人物が出来上がる、そしてそいつらを殺すシーンは読者が爽快感や達成感を感じることができるよう細かく具体的に描写する。流石に炎で圧死した焼死体というのはグロテスクすぎるので切られて体が二等分になっていたり頭部に刃物が突き刺さっている程度の描写に抑えておく。これは果たして抑えられているのだろうか…まぁ嫌な奴が凄惨な死を迎えるのは悪いことではないのであまり気にしないでおこう。5時間程作業をしようやく修正が完了する。


 「できましたよ!!」


 師匠に声をかける。


 「面白いものはできたかな?」

 「はい、面白いと思いますよ!」


 正直かなり自信がある。


 「このクソほどつまらない本と同じクオリティだったら死刑だよ」


 死刑…?俺は犯罪者かなにかか?

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