第28話 久しぶりの異世界
目を覚ますと師匠が何故か部屋の中央で本を読んでいる、もう入室方法なんて気にするのすら無駄な行為だと感じる、俺にプライバシーなんて存在しないようだ。
「あの…なんで俺の部屋に?」
当然の疑問を恐る恐る聞いてみる。
「ある程度書けたのだと思ってね、内容を確認しに来たんだよ」
なにがおかしいのかとでも言いたげに師匠は答えた。
もし文句を言ってもいいのなら無限に出てくるのだが俺と師匠のパワーバランスは0対100で師匠の優勢なので俺は涙を飲み余計なことを喋らないようにする。
「書けてますけど起きるまで待つ必要はなかったんじゃ…」
「時間の有効活用だよ、無理矢理叩き起こすのも気が引けてね」
思ってもないことを言ってるのはお見通しだ。
「はぁ…じゃあ見てください」
パソコンを立ち上げ師匠に渡す、こっち側から画面を見ることは出来ないが凄いスピードでスクロールしているのが視線から読み取れる。読み終わったであろう師匠が俺の目をジッと見つめる、これはきっと褒められるのだろう、確信が持てる。
「可もなく不可もなくといったところかな」
全然違った、まだまだ師匠のことを理解できていないようだ。
「なんとなくそんな気はしてましたよ…」
「詳しく言うと魔王と相対するところは良かったよ、国を亡ぼすシーンは褒められないかな」
確かに魔王とは直接相まみえたことがあるのでその経験が活かせていたのだろう、王様とは会話と呼べるほどコミュニケーションを取ってはいなかったのでダメ出しを喰らってしまう。俺なりの改善案はもう一度物語の世界に連れて行ってもらい王様と会話をして人となりを知るというものを想定していたが師匠の考えは少し違うようだ。
「これからアルデカーナに行って国という国を滅ぼしに行こう」
「はい!ん…?」
元気な返事をついついしてしまったがよく聞くととんでもなく恐ろしいことを言っている、女神様からは世界を救ってくれと言われていなかったか?魔王を倒し国を亡ぼすなんてアルデカーナという世界の唯一神にでもなるつもりなのだろうか。
「それあの女神様に怒られません?」
その場合怒られるのは俺ではなく師匠な気がするので一応心配するが説教されている師匠が見れるなら是非とも見てみたい気持ちもある。
「そう心配するな、行けば分かるよ」
「師匠がそう言うならいいですけど」
「それに催促されているんだよ、はやく世界を救ってくれって」
「そうですか…」
俺の作品のためかと思っていたのだがどうやら他にも理由があったらしい、それでも誤った選択や間違った行動を師匠が行ったのは見たことがない、ここまで断言されたら言う通りにするしかない。
「では出発だ」
自室から一瞬で異世界に転移する。大きく煌びやかな城の前に瞬間移動したようだ、その場にワープし突然現れたのに見張りであろう大きな鎧を身に纏った近衛兵達は俺たちに関心を示さない、まるで最初からその場にいた人物を見るように特別注視されている様子は全くない。
「こんなとこ破壊していいんですか?」
「周りを見てごらん」
「ん?」
言われた通りに周りを見渡すと豪華な城がある街とは思えないほどに荒廃している、建物はどこかしらが壊れていて人々の着ている洋服もボロボロだ、硬い地面に布切れ一枚を敷いて寝そべっている人たちがそこら中に溢れている。所々に普通の服を着ている人もいるのだがそいつらはボロボロの人たちをコキ使いながら地面で横になっている人々に暴力を振るっている、貧富の差が激しすぎる究極の二極化、金なのか力なのか判断は出来ないが持たざる者は迫害を受けている、持っている者は例外なく全員悪人だ。
「ひどいな…」
「この国の名前はカニラ、この世界の癌だ」
「なるほどそういう国を滅ぼして回るってこですね!」
「そういうことだ、癌は早期摘出に限るからね」
俺は少しだけだがこの国の歪さに怒りを覚えているのだが師匠はいたって冷静だ。師匠が近衛兵に近づき話しかける、俺は無言でついていく。
「魔王の一体を討伐した、王との謁見の許可が欲しい」
「証拠はあるのか?」
「これだ」
当然の疑問だが師匠はその質問すらお見通しだったのかどこからともなく魔王の生首を見せる、きっと異空間に倉庫がある定番のチート能力だろう。
「少し待ってろ…」
近衛兵が近衛兵を呼び二人から六人に増える、全員で魔王の頭部を担ぎ城の中に入っていった。その間に俺たちは会話で時間を潰す。
「今回は瞬殺しないんですか?」
「九重君の作品作りの参考資料でもあるからね、すぐ殺してはもったいないだろう?それに結局は皆殺しだよ」
作品のことも忘れていない優しい発言かと思ったが最後にとんでもなく非情なことも言っている、やはりこの人は怒らせないほうがよさそうだ。
近衛兵の一人がゆっくりと歩いてこちらに近づいてくる、待たせているというのに急ぐ様子は微塵も感じない。
「ついてこい」
言われるがままに城の内部に入ると外見と変わらず派手で綺麗な内装、それに似つかわしくないボロボロな奴隷と思われるひとたちの両方が目に映る。城の中でも当然のように虐げられている人々、俺の作中世界の国もこんな感じだったのを思い出す。少し歩いたところでより一層派手な扉にたどり着く、近衛兵が扉を開けると無駄に広い室内に上へ続く階段、その上にある椅子に小太りの見るからに嫌な奴のオーラを放つ王らしき人物が鎮座している。師匠が渡した魔王の頭部は一番下の階段すぐそばに置かれていた。
「よく来た冒険者よ、いきなりで悪いがこの魔王の首は我が国で管理させてもらう」
「いや!俺たちが倒した魔王なんですけど!」
突然の意味不明な言い分にすかさず反論した。
「王の許可なく口を開くな!」
激昂する近衛兵が槍を首元に近づけ王が話を続ける。
「これでカニラの武力を他国に誇示しさらに大量の奴隷を手に入れることができる、貴様らには格別の褒美をやろう」
王が上から小さな小包を投げると薄っぺらい金属音が鳴る、慎ましい音から推察するに少量の金貨だろう、とても格別の褒美とは思えない。
「ほら腐っているだろう?」
師匠の声量は小さくなく部屋中に緊張が走る。
「冒険者風情が誰に向かって偉そうな口を!」
俺に槍を向けていた兵士が師匠に襲い掛かるが当然勝負にならない、近衛兵を視界に入れずとも簡単に絶命させる、急に動きを止め床に崩れ落ちていくまるで心臓が停止したかのように、恐らく死ねと念じたのだろう。部屋の中にいる王以外の人間が臨戦態勢に入る、肝心の王は惨めにも椅子から滑り落ちている。
「いつもの能力を付与しておいたよ」
「え、俺?」
てっきり師匠が全員殺すのかと思っていたがどうやら俺が戦闘するようだ、久しぶりの実戦なので体が動く確証はないがクズ連中に鉄槌を下せると思うと自信が湧いてくる。
「やばそうなら助けてあげるよ、さぁ害虫駆除といこうじゃないか」
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