第26話 乙女の世話焼き

 「おや?聞いてないのかい?彼女の漫画の原作を私がしているんだよ」


 「はい~!?メチャクチャ初耳ですけど!」


 予想だにしていない衝撃の事実に思わず声を張り上げてしまう。師匠と桃華が組んでいることにもそうだが俺がくすぶっている間に桃華はアニメ化もした人気漫画家になっている、これまでなら俺との差に絶望し嫉妬していただろうが今の俺はひたすらに前向きだ、すぐに俺もアニメ化作家になってやるとやる気が湧いてくる。


 「500万部も売れているんだよ、九重君とは大きな差だね」

 「言われなくても分かってるから!!」


 500万部か…漫画と小説でジャンルが違うとはいえ俺とは比べ物にならない、そもそも俺は自分が出した本の累計発行部数を覚えていない、覚える必要があるほど多くないからだ。


 「桃華何年か会わないうちにすごいことになってんだな…素直に尊敬だわ」

 「いや…私が凄いというより新山先生の原作が凄いだけよ」


 さっきまでとは打って変わって弱気なその様子からはこの発言が決して謙遜なんかではなく本気で師匠のおかげだと思っているのが伝わる。


 「そんなことはないよ、ピンクピーチ先生の絵が凄いからあんなに売れたんだよ」

 「でも!もっと凄い漫画家なら1000万部も夢じゃないのに…それに…」

 「それに…?」


 俺の家だというのになんだか蚊帳の外な気がするので相槌で存在感をアピールする。


 「印税とかの取り分私が9割っておかしくないですか!!」

 「は~???」


 持っていたスマホを床に落としてしまうほどの大きな衝撃に襲われる、原作と絵で作業分担してるなら取り分は半々なのが当たり前だと思っていた。それがまさかの1対9だ、スマホを落とすのも無理はない。


 「なんでその割合でOK出したんですか…」

 「ちょっと!その言い方だと私が利益独り占めする貪欲女みたいじゃない!これは新山先生から言い出したことなの!」


 それはそれで正気の沙汰とは思えない提案だな。


 「そうだよ、お金なんて腐るほどあるからね、それこそこのアパートを買い取っても痛くも痒くもないほどにね」


 このアパートを買い取る…?ということはもしかして


 「つまり今の大家って…」

 「あぁ、私だよ」


 今まで俺の数億倍は金持ちであろう師匠に必死に家賃を収めていたということになる、大家さんに会ったことはないが俺が引っ越してきたときから大家なんてことはないと思いたい、そんな簡単に大家って変われるものなのだろうか、いやいくら考えても俺には縁のない話だ。それよりも師匠ならこのお願いも通じるかもしれない。


 「じゃあ家賃無料にしてくださいよ!!」


 とりあえず少しの希望に縋り無理を承知で頼み込む、もし家賃が0円になればもうすこしまともな生活を送れるのだ、言うだけ言ってみるのが正解だ。


 「いいよ」


 返ってきたのは想定外の了承だった。


 「え!ほんとですか!?!?」

 「ただし、私たち以外に住人が出来たら普通に払ってもらうよ、特別扱いは出来ないからね」

 「全然それでいいです!」


 というのにも理由がある、そもそもこのアパートに人が来たことはない。壁も薄く音はダダ洩れ、作りも良いとは言えない建物、俺が住み始めてから誰も引っ越してきていない、きっとこれから来ることもないだろう。つまり俺は永遠に家賃0円を勝ち取ったのだ。


 「よっしゃー!!マジでありがとうございます!!」


 三人の中で浮くほどテンションが高い俺を二人は冷ややかな目で見ているがそんなことはどうでもいい、今はただ家賃無料に感謝を送る。それがいかに凄いことか理解していない桃華が強引に話題を変える。


 「ところで二人はどんな関係なんですか?」

 「師弟関係だよ、ついでにお隣さんだ」

 「え、新山先生こんなところに住んでるんですか!?」


 俺に対して失礼な発言なのを分かっていない。


 「他にも住居はたくさんあるよ、こんなとこに住み着くほど馬鹿ではないよ」


 こちらは俺に対して失礼なことを理解して発言している。


 「ちょいちょいお二人さん、ここに住んでる人もいるんですよ…」

 「あっそ!」


 まるで興味のないセリフを吐かれると流石にへこむ、ここ最近で三人の有名クリエイターと会話をしたがどうやら全員性格に難があるようだ。


 「師弟関係って具体的にはどんなことしているんですか?」

 「九重君が売れっ子になるため小説について教えているんだよ」


 更に具体的に言うと異世界に行ったり魔法で疲労を無視して執筆させたり気に食わなければ殺したりだ。


 「新山先生から教えてもらってるなら龍のラノベは相当面白いのね」

 「ま、まあな!」


 発言に悪意がないのが余計に俺のメンタルを削ってくる、今書いている作品は面白いだろうから嘘はついていない。これまでの作品を見せなければいいだけの話だ、そう考えていたのに師匠がどこからともなく俺のデビュー作を桃華に渡す。部屋の本棚に自分の作品は置いていないはずなのに何故か師匠は俺の黒歴史をしっかりと手に握っていた。


 「これを見れば全部分かるよ」


 桃華の顔はこの世で一番面白いラノベを見る顔で目は輝きをこれでもかと言うほど放っている。


 「ちょっ、それは…ぐっ!!」

 「うるさいわね!だまってなさい!」


 体が金縛りにあったように動かず桃華を止めることは叶わない、桃華の顔から出ていた輝きはページをめくる度に失われていく、チラチラと俺の様子を伺ってはため息を吐き本に視線を戻す。そのまま時間は過ぎ半分を読み終えたころに桃華は本を床に置く。


 「つまんないわね!!新山先生に教えてもらってこれなら終わってるわ!」


 この発言にも悪意は感じない、心底つまらなかったから本音を言っているだけだ。しかし本音というのは時に人を傷つけるものなのだ。


 「そうだろう、そうだろう」

 「ちがうから!それ書いたときはなにも教えてもらってないから!今書いてるのは面白いから!!!」


 必死に否定しながら現在執筆中のものを見せるために本文が載っている紙の束を探す、それを無視しながら桃華は訳の分からないことを言い始める。


 「しょうがないわね!私もここのアパートに住むわ!もちろん龍の隣の部屋に!」

 「は?なにがしょうがないんだ?」

 「新山先生いいですよね!?」

 「もちろん、構わないよ」


 いや俺は構うんだが?家賃がまた発生してしまうんだが??

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