第24話 レベルアップ

「とりあえずプリントアウトして紙にする、修正点を洗い出す」

 「わかりました」


 プリンターに電源を入れると機械音だけが部屋に響く、今の気分的にも気を遣って雑談を展開することは出来なかった。


 「九重君は恋人はいないのかい?」


 口を開いたのは師匠、沈黙を嫌い気遣いで会話をするなんてあり得ない人なのは理解しているし余計な話はしないのでこれもなにか意味があるのかと深読みしてしまう。もしかしてもしかしてだが…


 「もしかして俺のこと好きなんですか?」


 ――ゴキ――


 鈍い音と激しい痛みと同時に失言を理解する。


 「冗談じゃないですか!殺す必要ないでしょ!!」

 「あまりにも不愉快だったものだからね」


 理由を述べてはくれたが殺したことに対する申し訳なさなどは感じない、蘇生すればいいと思っているのだろう。とは言いつつも今のは殺されても仕方のない発言という自覚はあるので渋々受け入れることにした。


 「なんでそんなこと聞くんですか…いないですけど…」

 「まぁそうだろうね」


 失礼にも程がある、立場が逆だったら殺さている発言だ。


 「別にいなくてもいいでしょ!」


 今は執筆で忙しくて恋人がいたとしても時間を取ることは出来ないだろうし引きこもり予備軍な俺にはそもそも出会いすらない、出会いがあれば俺にも恋人くらい簡単に出来ると自己保身に走らせてもらう。


 「そんなことはないよ、専業作家ならお金を稼ぐモチベーションが上がるし作品の幅も広がるだろう」

 「一理ありますけど…」

 「仲のいい異性の一人や二人いないのかい?」


 仲のいい異性…あいつらの顔が思い浮かぶが今は親交もないただの昔の友人だ、今も交流がある友人は陽太だけだ。知り合いはたくさんいるけどな!またしても自分自身に言い訳をした。


 「いませんよ…」

 「夢見君に先を越されないように頑張りなよ」

 「なんで陽太…」


 なんでこの会話の流れで陽太が出てくるのかを聞こうとした矢先にプリンターがより一層大きな音を出す、どうやらプリントが終わったようだ、紙の束をまとめ師匠に渡すとペラペラと紙をめくったあとに突き返される。


 「修正箇所に赤線を引いた」


 全体の半分、いや四割くらいは赤線が引かれている、黒と赤のコントラストで目がチカチカした。


 「こんなに…?」


 さっきまで自己最高のクオリティを超えられないとか思って悩んでいたのがアホらしく思えるほど修正点が多い、いかに俺が自惚れていたのかがよく分かる。


 「そうだ、この後の展開を書くのは全部の直しが終わってからだ」


 師匠はいつの間にか同じことが書かれた紙の束を手に持ち修正すべき箇所について話始める。


 「例えばここのクラスの中心人物とのやり取りだが…必要ない、全部消せ」

 「は?全部…?いやこれは仲のいい二人との対比で思い入れがないことを表しているんですよ!」


 修正と言えども少し手を加える程度かと思っていたがセリフを丸々消すことになるとは想像もしていなかったので無意識に言い返してしまう。


 「だからこそだ、本当に憎いなら無駄なセリフを入れる隙などない、なにも会話がないからこそ思い入れとの対比になるのだ」

 「なるほど…」


 言われた通りに消し前後がおかしくならないようにその周辺も手を加える。


 「それとここは…」


 赤線の引かれているところ全てを修正するのに三日以上かかった。セリフや文章を丸々消すときは具体的な指示をくれたが言い回しやセリフを多少変更するときはどうダメなのかは教えてくれるが正解を教えてはくれなかったからだ、直しては没直しては没の繰り返しで妥協はない。一文字単位で指導を受けた、合宿のときの陽太にかなり似ている、あいつもこれを乗り越えたのだ俺も弱音を吐く訳にはいかないと思いながら作業をした。当然しんどい作業ではあったが苦ではない、自己評価が高すぎて無駄に苦しんでいたあの時間の方がはるかに辛かった。直しを進める度に己の実力を過大評価していたのを思い知る。


 「よく頑張ったね、これだけダメダメならもう最高傑作なんて発言はでないだろう」

 「はい…重々承知しました…」

 「なら続きを書いてもいいよ、また何かあったら呼ぶといい」


 師匠が消えたのを確認しベッドに横になる、合宿のとき同様疲労を感じない魔法をかけてもらってはいたが長い時間修正作業をしていたのでとりあえず寝たい気持ちがある、目を閉じるとすぐに眠りにつくことができた。


 目を覚ましスマホを見ると陽太から大量の不在着信が来ていた、意図せず無視していた形になってしまったので急いで折り返すとすぐに電話に出る。


 「ごめんごめん!師匠作業してて気づかなった!」


 怒ってはいないだろうがとりあえず開口一番で謝罪をする。


 「平気平気!元気なさそうだったから心配してたんだよ」

 「悪いな、続きが上手く書けなくてちょっとへこんでただけ」

 「そうか、けどもう平気そうだな!」

 「あぁもう平気、とりあえず出れなくて悪かったな」

 「おー!じゃあな」


 電話を切ると最悪だったあの時のしがらみから解放されたような気がして気分がよくなる、今なら詰まっていたところの執筆も出来る気がしたのでパソコンに向かう。続きは魔王と相対する場面からだ、必要以上に自分を持ち上げいらぬプレッシャーを感じていた時とは比べ物にならないほどスラスラと筆が進む、手が動く今だからこそなにをあんなに手間取っていたのか疑問すら覚えた。魔王は自分の利益しか考えておらず弱者を蹂躙することに快感を覚える、だからこそ弱者であるクラスメイト達を洗脳し支配下に置きそれよりも更に弱者である一般人を殺戮しようとしている、本物の魔王にインタビューした経験も活きアイデアが湯水のように涌いてくる。魔王を悪意の塊のように描写することも難しいことではなかった、これまでの楽しいこも辛いことも全てが俺の糧となりいい作品を書くことができている。師匠に大量の修正をさせられたことで自分はまだまだ成長の途中ということを理解できた、そして一喜一憂していた過去の自分から精神面も成長しメンタルが弱る気配はまるで感じない。

 物語の中ボスである魔王とのバトルもいいものが書けるという確信がある、いざ戦闘開始というところで家のチャイムが鳴る。師匠は勝手に入ってくる、陽太とはさっき連絡をとったばかりでMyuiは俺の連絡先すらしらない、ネットで買い物をした記憶もない、いい所なので居留守をしようかとも考えたのだが一応ドアを開けると思いもよらぬ人物がいた。


 「げっ、なんでここに…」

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