第23話 絶望の味

 今書けているところまでの話だがこれまでに感じたことのないほどの出来の良さを感じている、間違いなく俺史上最高の作品になるだろう。確かな手ごたえを感じ一週間ぶりの睡眠を取る、特に疲れているわけでも眠いわけでもないがなんとなく寝たかった。


 「うわ!寝すぎた!」


 12時間というあまりにも長時間の睡眠が終わりゆっくりと体を起こす、最近は急いで飛び上がりすぐにパソコンに向かい執筆を開始していたが今は少しのんびり過ごしたい。久しぶりにゲームをしようと思い再度横になりスマホとにらめっこ、久しぶりだというのにあまり面白さは感じない、なら作業に移ったほうがいいのは分かりきっていることなのだが何故だか体が動かない。創作が嫌になったわけでもない、大賞を獲って陽太が表紙を描いてアニメ化するという目標は何も変わっていない、自分でもなぜこんな気持ちになっているのか理解不能だ。もう一度合宿で書いた部分を読み返すと何かわかるのではないかと思い腰を据えて読む、何度読んでも最高のクオリティで自分で言うのもなんだが文句の付け所がない。あぁなんとなく理解ができた、次書いたときに中途半端な作品になってしまうのが怖いのだ、ここで書くのを止めれば最高の作品のままでいてくれる、続きの出来が悪かったら一気に駄作になってしまう、それがたまらなく恐ろしいのだ。いくら続きを書こうと思っても緊張と恐怖で手が動かない、いや動かしたくないのかも知れない。誰かにこの話をしたくてしょうがない、急いで陽太に電話をかけるとワンコールで出てくれる。


 「龍?どうした?」


 いつもと変わらない様子の陽太に少しホッとする。


 「いや、なんて言うか…もしも自分史上最高のイラストが描けたら陽太はそのあとはどうする?」


 意味の分からない質問になってしまったが陽太は快く答えてくれる。


 「ん-そうだなー、ありきたりだけどもっといいのが作れるように頑張るかな」

 「まあそうなるような、ありがとう」

 「なんかあったのか?」


 心配をかけたくもないので誤魔化す。


 「なんもないよ、じゃあな」

 「ん、おっけ」


 通話を切り上げる、陽太の回答が正解なのは理解できているのだがそれでも怖いものは怖い、それに気心知れた親友にすら弱みを見せれない心の脆弱さにも嫌気がさす。それでも動かなくてはいけない、ここで立ち止まるのは簡単だがそれでは師匠と出会う前と何一つ変わらない。作品や技術などは師匠から教わったがメンタルの問題は自分で乗り越えるしかない、なんでもかんでもおんぶにだっこという訳にもいかないのだ。


 「よし、やろう!」


 バシッと強めに頬を叩き気合を入れる。涙を誘うシーンを書いている時とは違いスピード重視で執筆しているのだが思うように進まない、その現実からも目を背けず逃げない。どれだけ遅くても投げ出さずに向かい合い続ける、とにかく書くことだけに意識を持っていき作業を進める。勇者との再会という大きな見せ場なのだが魅力的な物語が書けている気がしない、この前のシーンが良かっただけに余計に微妙な出来に思えてしまう。主人公が葛藤しながらも復讐を達成したが全ては勇者の計画だったということを知り絶望に落ちていく、ここが中途半端なクオリティでは読者の感情は微塵も動かずラストのバトルがくだらないものに成り下がってしまう。そんなことは誰よりも作者である俺が一番理解している、だからこそ悩むし躊躇もする、キーボードを打つ手が少しだけ震えている。流石にこの状況では少しも進みもしないうえに良いものが書ける訳もない疲れているわけではないのだが休憩を挟みリフレッシュを画策する、これは現実から目を背けた末の休憩ではなくいいものを書くための充電の休憩だと自分に言い聞かせた。ゲームをする気にもならないので横になりスマホを弄る、アニメや動画を見ながら時間を潰す、小説以外の媒体から参考になりそうなものをインプットしているつもりだ。その後にパソコンに再度向かい合うが結局思うような文章は書けない、そしてまた横になる、何度これを繰り返したのか分からない何日も時間が過ぎた。


 ふとSNSを徘徊すると陽太のアカウントが流れてくる、合宿が終わったというのに一日一枚投稿をまだ続けていてクオリティは日に日に上がっている。フォロワーも投稿に対する反応も右肩上がりで増えている、足踏みしているのは俺だけという現実を受け止めきれず吐きそうだ。陽太はきっとこれからも立ち止まることなんてなく上へ上へと突き進んでいくのだろう、置いて行かれる恐怖が再燃する。流石にこのままではいられない、体を無理矢理起こしパソコンの前に座り執筆を再開する。ゆっくりと丁寧に書いた駄文を消し、また駄文を量産してしまう、それでも行動を起こす以外の解決方法が思いつかないので何度も何度も繰り返す、自分自身に幻滅し絶望する。徐々に自分に腹が立ち苛立ちを覚えるがそれを消化する手段がない、目の前にあるパソコンを掴む。


 「うわりゃああああ!!!って流石にそれはヤバい!」


 危うく家にある中で一番高価なものをぶん投げるところだった、負の感情というのは恐ろしい。落ち着きを取り戻したが現状はなにも好転していない、マイナスにマイナスを加えなかっただけでプラスになったわけではないのだ。


 ――コンコンコン――


 窓から音が鳴り鍵を閉めていたはずの窓はガラガラと情けない音を立てながら開く、まさに救世主のような登場で師匠が登場する。


 「お困りのようだね」


 鼻につくドヤ顔で師匠は言った、それでも自分ではどうしようもない時に来てくれたことに感謝する。


 「俺…もうこれ以上のやつ書ける気がしません…なにかアドバイスを…」


 情けなく助けを乞いながら優しい慰めを待つのだがその手のものはいくら待っても来ることはなかった。


 「なにか勘違いをしているようだね」


 厳しいセリフに心臓が跳ねた。


 「なにか間違ったことしてましたか…?」


 そんなことはないと言い聞かせながらの発言を師匠はバッサリと斬る。


 「間違いだらけだよ、そもそもあのシーンも九重君からしたら過去一の出来かもしれないがそれだけだ」

 「いやでも…陽太とMyuiは褒めてくれましたよ」

 「二人は小説家ではないからね」


 師匠は止まらない。


 「まだ修正できる箇所は残っているよ、それに私と同じくらい売れたいのではなかったか?これから私に近づくたびに書けなくなるようでは未来はないよ」


 厳しさの中の優しさはどんな慰めよりも温かく湿った俺の心に火を灯してくれた。

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