第22話 感動を創れ

「なんやそこそこ有名なやつがU22に応募するらしいで」


 そこそこなやつ、このセリフに含まれる意味が何個か考えられる。俺からしても脅威には思わないけれど才能を感じそこそこというのか、実績十分だがMyuiからしたらそこそこなのか、言葉通りにそこそこなのか。あまり考えすぎても意味がないので大人しくSNSを見せてもらう。Myuiのスマホに映し出された人物を俺は知っていた、アニメ化をしたことはないがコミカライズ版などで根強いファンのいる常波というペンネームで活動している作家だ。大ファンという訳ではないが彼の作った「剣に恋する異世界」は剣を用いた戦闘描写と儚い恋愛を描いた名作。出版社ですれ違ったこともあるが挨拶してくれるいい人だった記憶がある。


 「この人はうーん…」


 これはリアクションのしづらい人物だ、そこそこというには売れすぎているが売れっ子かと言われると違うと言い切れる。売れない作家の俺が上から目線で物申すのもおかしな話なのだがなんとも言えないラインだ、しかしSNSでは彼の参加を喜ぶファンも少なくない、アニメ化を狙い面白い作品を作っているのだろう油断はできない。


 「気合を入れているところ悪いけど彼の受賞はないだろうから安心していいよ」

 「えぇ…」


 ついつい情けない声が漏れ出てしまう。


 「一度読んだことがあるが光るものがない、まぁ少し前の九重君よりは面白かったけどね」


 余計な一言をスルーできるようになってきた、それでもいつまでも言われるのは確信している。


 「君の受賞確立は60%といってところだね、問題は…」

 「陽太お前や、二人がコンビで有名になれるかはお前の絵の上達次第」

 「じゃあ頑張るしかないですね!!」


 陽太の軽い返事で会話と食事を切り上げ作業に戻る、俺は黙々と執筆をし陽太とMyuiはガヤガヤと絵を描き師匠は皆を見守っている。受賞確立が六割と言われたが自分ではそんなに確立が高いとは到底思えない、年齢制限があり誰でも応募できるわけではないがアニメ化確約ということもあり知名度はかなり高い賞だ、成長しているとはいえ確かな手ごたえを感じているわけではないし全くの無名からいきなり現れる天才もきっといるだろう。俺はただひたすらに面白い物語を作るしかない、途中で思いついた展開も考えすぎずどんどん取り入れた。


 流れで書き進めていたのだがここで初めて手が止まる、復讐物語にしたが元凶である王様陣営と勇者を殺したクラスメイト達をどちらから始末するのかで悩む。王様や国を倒すとお尋ね者になり逃亡劇になってしまうので先にクラスメイトと魔王を倒すことにする、ただ勇者がアクシデントがあったとはいえ負けた相手に主人公が勝てるのかという課題も残っている。椅子に座り本を見ている師匠に質問する。


 「師匠ここ見て欲しいんですけど、定番な強化イベントでいいのかなって考えているんですけど」

 「それでいいと思うよ、あとは涙を誘うような感動シーンを挟もう」


 想像以上に具体的なアドバイスに驚く。


 「感動シーンですか…洗脳されて勇者を殺した仇だけど友達を殺すのを少し躊躇してしまうみたいな?」


 ここまで助言を貰ったら流石にアイデアが浮かんでくる。


 「そうだド定番にも程があるが大体そんな感じだ」


 一言多いが心を落ち着けスルーする、俺はスルースキルの九重龍だこんなことでは動じないぞ。


 「ありがとうございます、やってみます」


 ソファに戻り執筆を再開する、クラスメイト全員に思い入れがあるわけもないので友達の田中と誰にでも優しかった泉さんにだけ殺しを躊躇するシーンを入れる。あの世界に飛ばされたのが転移直前で躊躇するほどの思い入れなどは体験していないはずだが、俺の脳内に田中や泉さんとの思い出が溢れ出てくる。田中とはよくある学生時代をともに過ごしたときのこと、泉さんは陰キャという理由だけでハブられていたときに助けてもらって記憶。だからこそクラスメイトは陰キャの主人公のことも逃亡の際に仲間外れにしないで誘てくれたのだ。それを踏まえるとこの二人だけは殺さないでいいのかもしれないと作者の俺も思ってしまう、しかしこの二人も洗脳を受け思いやりを無くし勇者に攻撃を仕掛けている、許すことは出来ないはずだ。だからこそ殺したときの葛藤を描写でき涙を誘うことが出来るのかもしれない。勇者という現在大事な人を選ぶのか元大事にしていた友人を選ぶのかで葛藤する主人公、構想がまとまったので形にする、ここだけは流れで書かずに丁寧に慎重に物語を作り上げていく。師匠にスピードだけは褒められたがそれを捨ててでもいいシーンにしたかった。書いては消しの繰り返しを続けているうちに主人公に感情移入し目から涙が零れる、自分で書いた作品で泣けるなんてクリエイターとしては誇らしいことなのかもしれないけど俺以外の三人は確実にバカにしてくるだろうから声を押し殺して静かに感動を堪能する。きっと師匠は気付いていたんだろうけどなにも言わなかった。


 どれだけ時間が経ったか分からない、合宿も終わりが見えてきた頃ようやく勇者と主人公の再開のシーン直前までを書き上げることが出来た。疲労はないが達成感が湧き出てくる、まだ全文を書き終わったわけではないので気が抜けすぎないよう注意しなくては。


 「合宿はここまでだ」


 師匠の一言が相当嬉しかったのか陽太は椅子から飛び上がる。


 「あぁ~疲れたー!!」

 「嘘つくなや!疲れとる訳ないやろ」


 その通り、疲れは全く感じない体に改造されているのでその一言だけはあり得ないが気持ちはなんとなくわかる。


 「では進捗を確認し終了としよう」

 「じゃあ俺のイラストから見てくれよ」


 言われるがままに陽太の絵を見させてもらう、そのイラストは同一人物が描いたとはとても思えないほど綺麗で迫力があり見入ってしまうほどの完成度だった。老若男女、人以外の動物やモンスターまで種類を問わずスゴイとしか言いようのない出来栄え、陽太はこの合宿で一皮いや二皮三皮も剥けたのを感じる。


 「いや、すごいな…まじでそこらのイラストレーターなんて目じゃないほどだ…」


 惜しみない賛辞を贈る。


 「当たり前や、俺が一週間も教えてやったんだからな!」


 まだMyuiのレベルに到達したとは言えないが着実に近づいてはいる、直接口に出すと暴力が飛んできそうなので心の中で留めておく。


 「それにフォロワーも2万人になったんだぜ!」

 「まじかよ!!!」


 あのシーンを書く前なら嫉妬も感じていただろうが良いものを書けた自信があるので今回は喜びしかない、更に目標に向かって進んでいるのを実感する。


 「次は九重君のを二人に見てもらおう」

 「結構量あるから読むの時間かかりますよ?」

 「問題ない、直接頭のなかにぶち込む」


 俺の心配は人外パワーで吹き飛ばされた。師匠の指パッチンで二人が少しフリーズしたと思ったら陽太は急に泣き出した。


 「これメチャクチャ感動するな~」

 「せやな、ここに俺一人だったら泣いてたかもしれんわ」

 「ええやん龍!新山のよりいいの書けとるわ!!」


 余計なことを言わないでもらいたい、あとで痛い目を見るのは俺なのだから。


 「では今回はこれで解散だ、それぞれ家に帰すがいつ招集されてもいいように心の準備を頼むよ」


 師匠が話終わると自宅に瞬間移動していた、綺麗で豪華なあの別荘とは比べ物にならない部屋だが安心感がある。改めて合宿で執筆したところを読み返すとまたしても涙が出てくる、今回は感動だけではなく俺でもこんなにいいものが書けるのだという嬉しさの涙も混じっている。一人で泣きながらガッツポーズをしてベッドに飛び込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る