#2・コラボと上機嫌

 つくづく、思うことがある。


「はいどうもー! 飛び散る元気のダイヤモンドダスト! 塵山ごみやま ダス子でーす!」


 友達の友達は友達かもしれないけれど——


「こんもや〜。幸国もやしです〜」


 ——親友の親友は、敵だ。


「いやぁ〜これまた随分久しぶりのコラボになっちゃったね、もやたん!」

「ですねぇ〜」


 塵山ごみやま ダス子。千郷と違って顔出しをしており、いわゆる地雷系のルックスと快活なトークがクセになる……らしい。チャンネル登録者は千郷の5倍程。


「誘っても誘ってもつれない返事ばっかりでアタシ……寂しかったんだからねッ」

「はーいごめんなさーい。じゃあ今日のゲームやっていきましょー」

「うぉおお久々の塩もやし……!! これが効くんだぁ……!!」

「何に?」

「なんかこう……人間の大事なところに……!!」

「キモ」

「はぅ! 効く効くぅ〜!!」


 軽快なオープニングを皮切りに、二人の協力プレイが始まった。

 今日は私のバイトが休みだから、家でじっくり千郷の配信をリアルタイムで視聴できることを楽しみにしていたけれど……正直、きつい気持ちの方が強い。

 他人と楽しげに会話をして遊ぶ彼女を、手の届かない場所から応援するのは精神衛生上あまり良くない。


「あっ、ダス子ちゃん、そこ崩れるよ」

「はぁやく言ってぇ!?」


 息のあったトンチキなプレイにコメント欄は湧き、同時接続も1,000人を超え始めた。

 こんなにも多くの視聴者を集めているのは、ダス子が用意した枠、というのが大きい。というのを言語化すると、なんだかこいつの胸を借りているみたいで気分が悪い。


 言ってしまえばダス子こいつの配信を見ること自体で気分が悪い。

 千郷が配信を始めて最初にコラボをしたのがこの、塵山ダス子だった。向こうから誘いがあったらしい。そしてその配信の切り抜きがバズり、千郷のチャンネル登録者は大きく増えた。


 だから千郷は、彼女から誘いがあるとそれを無下むげにできない。

 優しくて義理堅い千郷の心にズカズカ浸け込むダス子の笑い声がヘッドホンを通じて脳内に響くたび、胸のざわめきは大きくなるばかりだ。


 ダス子だけ。

 ダス子だけなんかやらかして炎上して灰になるまで燃え尽きてしまいますように……!!


「ねぇもやたん?」

「はい?」

「私の配信見てくれてる?」

「切り抜きは流れてくるやつ見てますよ。長時間配信はアーカイブでたまに」

「えーひっどーい! 全部見てくれてないの!?」


 黙れ。


「私はちゃんと全部見てるよ! 配信も動画も!」


 嘘つけ。


「あーあー不公平だー。これはまた近日中にコラボしないとね! 詫びコラボ!」


 事故れ。


「そうですねー。またしましょう。いつか」

「それ絶対しないやつー! あっ、ほら、オフコラボって手段もあるよ!?」


 !? 何を言ってるんだこのアホは……??


「詫びオフコラボで、温泉旅館一泊とか! 同期の仲深めたいし!」

「同期って……配信始めた時期が近いだけじゃないですか」

「いいじゃんいいじゃん! お互い事務所所属してないしさ? こういうカタチの同期がいてもいいじゃん!」

「同期はいいですけど……オフコラボは無理です。間違いなく」

「けちー!」


 千郷は自分の意見を言っているだけなのに、どうしても『否定ばかりしている』と受け取られて映りが悪くなってしまう。

 ノリが悪いだとか冷たいだとか言うコメントもちらほら見受けられ、雰囲気もすこぶる良いとは言えない。

 心配、嫉妬、怒り、落胆、ネガティブな感情はネガティブな感情を呼び寄せ続けた。


×


 砂を噛むような時間を過ごし、ようやく配信が終わった。

 普段なら千郷から送られてくるDMがなかなか来ない。

 配信後の雑談で持ち上がっているんだろうか。そう思うと居ても立っても居られなり、私から送ってしまった。


『お疲れ様〜! ダス子さんぐいぐい来るから大変だったね……。ゆっくり休んでね』


 送信後、永遠とも思える五分が経過しても返信は来ず、このままでは狂ってしまいそうだったのでシャワーを浴びることにした。

 送った文面が良くなかったんだろうか。もしかすると千郷は心底楽しんでいて、私がそれに水を差してしまったのではないだろうか。

 だとしたら本当に最悪だ。ごまかすための言葉も考えておかないと。


 少し熱いシャワーに身を雪がれながら思考を巡らせ、シャンプーしたか忘れたりして、ドライヤーもそこそこに自室へ戻り、普段は一切信じていない神に祈りながらスマホの画面を点けた。


『ベルさん〜! 本当に疲れましたよ〜! コラボ配信メンタルの削り方エグい……』


 神はそこにいた。千郷という神が。

 それ見たことかダス子。アンタは間違ってたんだ。アンタは千郷を困らせていたんだ。

 だけど……あぁ良かった……。配信終わったあとアイマスクしたり甘いもの食べたりしてリフレッシュしていただけなんだろうな。

 バカ私。不安になることなんてなかったんだ。


『もーたんはよく頑張ったよ! 他の配信者さんならもう少し肩の力抜けたかもしれないね……』


 良くない。わかってる。簡単に他人への嫌悪を露呈する人間だと思われたくない。だけど抑えきれない。だからなるべく、自然に、やんわりと、零す。


『お世話になってるからあんまり言えないけど……それはあるかも……。ダス子さん、どこからどこまでが冗談なのか少しわかりづらいところあるから』


 良かった。やっぱり一緒なんだ。私と千郷の価値観は、見ている景色は、聞こえる言葉は、感じる思いは。一緒なんだ。


『オフコラボの話題とか……もーたんが明らかに嫌がってるのに結構振ってきてたもんね。ああいうのよくないなーって思いながら見てた』


 これは行き過ぎているか? 調子に乗ったか……? 感情をそのまま乗せると語調が強くなってしまうので何度か文面を見直してはいるけれど……正解はわからない。


『ね! 私オフコラボとか絶対無理だよ! ガチ陰キャ舐めんなって感じ! リアルじゃ人の目も見られないんだから!』


 ………………んふ。千郷の嘘つき。私と喋るときは目ぇ合わせてくれてるよ? 最近はたまにだけど。


『ベルさんくらい信頼できる人なら……ワンチャン頑張れるかもしれないけど……』


 ッ!!!

 それ見たことか……ダス子……アンタに見せてやりたいよ……この違いを……! だけど……今は、今だけは感謝してあげる。

 アンタが当て馬になってくれているおかげで……世界はこんなにも素晴らしい……!!! 


×


 つくづく、思うことがある。


「ねぇ、今日の風莉ふうりちゃんめっちゃ機嫌良くない?」

「わかる! いつものクールな感じも格好良いけど、テン上げ風莉ちゃんも可愛いよね!」


 彼女たちはもっとマシな話題でお喋りできないのかと。


 体力も精神力も削られたコラボ配信から一晩開けても、ベルさんに甲斐甲斐しく癒やしてもらっても、まだ気怠さは抜けきっていない。心も体も。

 そんな折の10分休憩。もう一個授業が終われば昼休みという希望は、寝不足のせいで薄くボヤケている。


 そう、机に突っ伏しているのは眠いからなんだから。決して話しかけられないように、話す人がいないことを誤魔化すためじゃないんだから。


「そういえばこの間風莉ちゃんカラオケ誘ったんだけどさー、バッサリ断られちゃったよ」

「大丈夫、みんなそうだよ。風莉ちゃんバイト忙しいらしくて誰に何を誘われても全スルーだもん」

「まじかー。高嶺の花ですなぁ」

「そこも魅力的なんだけどねぇ」


 彼女たちもこのクラスの上位カーストに御座おわすのだから、もっと人を見下した話題で盛り上がればいいのに。

 口を開けば風莉、風莉、風莉、風莉……。いつからだっけ、世界の中心が風莉になってしまったのは。

 私の世界の主人公が風莉になって、私はサブキャラとして自分の世界を生きなくなってしまったのは。


「……」


 やめよう。現実世界のことなんて考えたって良いことない。

 明るくポジティブになれることを考えよう。配信のこと、応援してくれる人たちのこと……ベルさんのこと。

 ……ベルさんってどんな人なんだろうな。安心できて信頼できて……やっぱり年上のお姉さんなのかなー……いやいや……勝手にイメージして違ったら失礼なんだしやっぱりやめよう。

 でもでも……もしオフで会うことになったら!? いや私何を期待してるんだ!? そんなこと絶対にありえない……でも、でも……ベルさんなら……たとえどんな人でも……直接会ってお礼……言いたい……なぁ……。


×


「風莉ちゃん、何か良いことあったのー?」

「別にー」


 いつか……来るのかな。私がベルだと、千郷に告げる日が。今のままじゃきっと受け入れてもらえないだろうし……ちゃんと計画練らなきゃね。


「えー絶対嘘じゃん! 教えて教えてー!」

「ね。静かにしよっか。寝てる子もいるんだから」

「う、うん……」


 ……千郷、そうだよね、眠いよね。

 緊張する配信やって、その後に夜遅くまで私とやり取りして……というかもー寝顔も可愛すぎ! どんな夢見てるのかな!? そこに私もいるかな!? あーもう気になる……怒られるの覚悟でまた話しかけちゃおー!

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大好きな幼馴染は私のことを避けているけれど、自分の配信の一番の太客が私だということに気づいてない。 燈外町 猶 @Toutoma

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