大好きな幼馴染は私のことを避けているけれど、自分の配信の一番の太客が私だということに気づいてない。
燈外町 猶
#1・いじわると心配
「学校で話しかけないでって言ってるでしょ!」
私は最近、幼馴染のことがよくわからない。
「はいはい、ごめんねぇ」
いつの間にかハッキリと開いてしまった身長差のせいで、抱き寄せられると私の顔面は彼女の胸元にすっぽりと収められてしまう。
「謝りながら抱き付かないで!」
「あぁ……温もりが……」
非力ながら押しのけ密着から逃れると、彼女は亡霊のように手を
「はぁ……いい加減にしてよ」
私は確かに言ったはずだ。距離を置きたいと。情けない自分を曝け出しながら、本心を伝えたはず。なのに。
「
少し突き放すような言い方をしてみると、彼女はやや真剣な、しおらしい表情を浮かべた——と思ったのに。
「やっぱりシャンプー変えたよね?」
「今どうでもいいでしょそんなこと!」
最近はこんなふうに緩急をつけてくるから、余計彼女の気持ちがわからなくなってくる。
やめてって言ってるのに、人前で話しかけてくる。他愛無い挨拶を何気なくしてくる。その度に心臓がバクバクと音を立てて全身に血液を駆け巡らせ、その熱量と反比例するように指先が冷たくなる。
そんな私の気持ちも知らずに。
さっきだって風鈴は廊下ですれ違うといきなり、『千郷、ちょっと確認したいことがあるんだけど……』とかなんとか言いながら、私の手を取った。いい加減頭に来て、普段人通りのない校舎裏へ彼女を引っ張り連れ——今に至る。
「どうでも良くない。そりゃあ調べようはいくらでもあるけどさ、できることなら千郷の口から聞きたいじゃん? あっ、なんか千郷の口ってえっちワードだね???」
「意味わかんない!!!」
昔の……昔の風鈴はこんなんじゃなかった……。
私よりも小柄だった彼女は、いつも何かにオドオドしていて、私が手を引かなければ駄菓子屋にも行けなかった。
1人じゃ解決できない困ったことが起きるたびに、泣き出しそうな声で「ちーちゃん」と小さく零し、私の袖に縋っていた。
それが段々成長するにつれ、身長がぐんぐん伸びて、体型も雑誌に載っているモデルさんみたいになっていって、みんなからの視線が嘲りから羨望に変わって、男女問わずに愛を叫ばれるようになって……完全に、変わってしまった。
ただでさえ整っている容姿は、自信というオーラを纏って力強く輝きを増すばかり。
「ほら、早く教えて? あっ、それか久しぶりに二人でお風呂入っちゃう!?」
「……」
流石の発言にいい加減バカらしくなり、全身の力が抜けた。振り返って、もと来た道を歩き始める。
背中に「え!? 無言は肯定ってなんかで見たよ!? ホントにいいの!?」などとバカ極まりない言葉を浴びながら、早足で教室に向かった。
×
「今日も来てくれてありがとう〜。明日も同じ時間から配信予定です。良かったら遊びに来てね〜。おっつもやし〜ん」
ストレスフルな学校が終われば、私の時間がやってくる。
徒競走並みのペースで帰宅し、PCを起動し、ゲームをしながらダラダラ喋り、その様子を配信する。現実世界の何人たりとも踏み込むことを許されない私にとっての聖域。
リスナーさんはそんなに多くないけれど、それでいい。
自分が器用じゃないのは自分で重々承知しているから、力を入れるポイントを絞るべきだ。
つまり、キリのない上を見るよりも、今の私を応援してくれる人達にしっかり感謝していたい。
幸いなことに両親も応援してくれているし、学校生活で上手くいかない分、ここでメンタルの帳尻を合わせている感じ。
『ベルさん! 今日も荒らし対応ありがとうございました!』
配信を終えてすぐに、何人かのリスナーへ
いわゆる古参とか太客とか、そういう言葉で括りたくないはないけれど、熱心に応援してくれる人とそうでない人がいるのは確かだ。
それに対する反応が平等じゃないことも……わかってくれると思いたい。
『気にしないで〜! もーたんにはゲームに集中してほしいので!』
もーたんとは、私の活動名である『幸国もやし』の更にニックネームだ。
苗字は本名の幸國から、もやしは好物であることと語感が良いことから引っ張ってきた。
もやし大好き。味も食感も栄養価も良くてあんなに安いとかなんで白米と同列に立ってないのかよくわかんない。
『ねーもーたん?』
『なんです?』
『私の気のし過ぎだったら変なこと言っちゃってゴメンなんだけど、もーたん今日ちょっぴし元気なかった? 大丈夫?』
「っ」
驚いた。いつも通りにできてると思ってたのに。
顔出しはしていないから、声や話口調だけで……自分にはどうにもできない機微をわかってもらえて……なんだかホッとした。
『んとね、』
『ん』
『学校でちょっと、いろいろあってね。でも大丈夫。配信してたら気分晴れたし、むしろこうやってベルさんに心配してもらえちゃって……嬉しいとか言ったらダメだよね』
いつもは高速のベルさんの返事に、珍しく間が空いた。と言っても数分だ。たかが数分。だのに加速する不安。やがてそれをかき消すような、優しいメッセージを通知が告げる。
『ダメなんかじゃないよ。ずっと私に心配させて。ずっと私に頼って。』
『ありがとうベルさん。ほんっっっとに大好きです!』
『んふ。大好きいただきましたぁー! これで明日も生きていける』
あーあ。
ダメだよねぇ。本気で想ってるからこそ、こうやって軽いノリで茶化しちゃうのは……。
×
「んふ」
大好きなんて。
ダメだよ。冗談でも、見ず知らずの人間に言ったら。
私以外の人間にそんなこと言ったら暴走しちゃうよ? 私みたいな良識ある人間、そういないんだから。
「ふふふふ……」
そうだよ。心配させてよ。
今まであなたが私を心配してくれたみたいに。
私を頼って。私を使って。私を想って。私を——。
「明日の配信も楽しみだね、
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