第2話

「ねえ、さっきのやつはなんなの?」


「…………」


「あれってUFO? っていうんだよね」


 ヒビキが立ち止まり、くるりと振り返る。


 まっすぐな通路。どこまでも白く、隠れられるような場所はどこにもない。


 2人の視線がかち合った。


「えっと……迷惑だった?」


「いえ」


 ヒビキが前を向きなおって、歩きはじめる。


 蓮花れんげはホッと息を吐く。


「あなたが言うところのUFOに間違いない。ワタシとってはIFOだが」


「IFO?」


「確認された飛行物体のこと。UFOは未確認飛行物体のことだから」


「そうなんだ」


 蓮花は相槌を打ちながらも、首を傾げる。


 UFOはUFOで、IFOなんて言わないけどなあ、と思っていた。


「じゃあ、あれがどんなものか知ってるの」


「知っている」


「教えてっ」


 蓮花の言葉に、またしてもヒビキが立ち止まる。今度は振りかえりもしない。


 隣に立って、表情をおそるおそるうかがえば、なにやら考え込んでいる。その表情は、かわいらしい少女のようにも、勉学にはげむ少年という風にも見えた。


 ゴクリとつばを飲みこんだ蓮花に。


「どうかした」


「な、なんでも!? それよりも、なにか考え事?」


「秘密は守れるの」


「え、いきなりだね。でも、私は口がかたい方だと思うよ」


 蓮花は、自らの胸をトンッと叩く。友達のテストの点数だとか、どんな子が好きなのか。そういうのをベラベラ喋ったりはしない。


「ウソついたらレーザー千本。平気……?」


「針じゃなくてレーザーなの!?」


「針などという前時代的なものは使用しない」


「そ、そっか」


 蓮花にはその言葉の真意がよくつかめなかったが、とりあえず頷いておく。


「どう。それでも――」


「うん。秘密は守るよ」


「……そう。わかった」


 スッとヒビキが手を上げて、指を鳴らす。


 次の瞬間。


 真っ白だった壁が透明になり、向こう側がよく見えるようになる。


「わあ」


 蓮花は声を上げて、窓となった壁へ貼りつく。


 階下に広がっていたのは、組み立てられていくUFOだった。






 車の組み立て工場のようだった。


 その空間いっぱいに、無数のベルトコンベアと、それを挟むようにクレーンのような機械の腕がある。


 その腕が、大きな金属片を持ち上げベルトコンベアに載せ、また別の腕が金属と金属とをくっつけていく……。


 最終的にUFOが完成し、足元のトンネルへと消えていった。


「UFO生産工場」


「あのUFOはここで作られてるの」


「そう」


 じゃあ――。


 のどまで出かかった言葉を、蓮花れんげは飲みこむ。


 あのUFOは、家を破壊した。それだけじゃない、多くのUFOが街を破壊していた。


 そんな兵器がここで今まさにつくられている……。


 ――だとしたら、この子はいったい。


「どうかしましたか」


「ううん! すごいなあって」


「別にすごくない」


「そんなことないよっ。あんなのができていくの見たことないし」


 蓮花は隣に立っているヒビキを見下ろす。精巧な機械のような横顔は、中性的で、思わずドキリとしてしまう。


 同時に、胸をギュッと掴まれるような感覚が蓮花にはあった。


 それは、のしかかってくるようなプレッシャーじゃなくて……。


 ヒビキの目が、蓮花を向いた。


「なに、じろじろと見て」


「別にジロジロと見てなんか」


「見ていた。3分44秒」


「そうかなあ」


「そう」


 蓮花は恥ずかしくなって目線をそらす。


 どうにも顔が熱かった。こんなUFOが製造されている謎の基地にいるのに、そんなことを考えるのはどうかしていると思わずにはいられなかった。


「ほ、ほかにはないの……?」


「と言うと」


「こんなにすごいところだから、色々なものがあるんじゃないかなーって」


 舌をみそうになりながら蓮花は言う。


 興味があった。この基地に何があるのかを。


 UFOのほかに何があるのか。


 なんのためにあんなことをしているのか。


 そんな思いでいた蓮花を、ヒビキはうさん臭いものを見るような目つきで見ていたが、


「わかった」


「いいの!?」


「いい。別に隠すようなことではない。それに、先ほど約束してもらったから」


 行こう、とヒビキは歩きはじめる。


 その小さな背中を蓮花はしばらく見つめていたが、慌てて追いかけた。






 目の前に光があった。


「それは量子テレポーター」


「りょう……なに?」


「転送装置」


 てんそうそうち、と蓮花れんげは言葉を繰りかえした。


 ヒビキがコクリと頷いて。


「その光の中に入れば、目的の場所へ行ける」


「そんなまっさか」


「…………」


 淡い白色光を観察するようにしていた蓮花の背中に衝撃。


「あっちょ」


「早く行って」


 そんなフラットな声が、最後に聞こえて――。


 光に包みこまれる。


 瞬きののちには、あの太陽が爆発したみたいな眩さは消え去っている。


 蓮花がいたのは、一面真っ白の広場だった。ショールームの風呂場でもここまで白くはないだろうってぐらい、傷もシミも焼けもない、ただただ白い空間。


 そこには先ほどの光がいたるところで瞬いている。


「ワープだ……」


「さっき言ったはず」


 背後を振り返れば、先ほどまではいなかったはずのヒビキが、あきれ顔で立っていた。


「ここはターミナル。さまざまな場所へ行くことが可能」


「光の中に行けばいいんだよね」


「それはゴミ箱」


「じゃあこっちは」


「トイレ」


 入ってみると、目の前には便器。一度腰かけてから水を流せば、蓮花は先ほどの空間に戻っている。


「勝手に行くのは推奨すいしょうしない」


「あ、ごめん……見せたくないものもあるよね」


「いえ、それは平気。死なれては掃除が大変なだけ」


「…………」


 蓮花はくらりと倒れそうになった。それでもなんとか踏んばって、顔を上げれば、ヒビキが口角をわずかに上げていた。


「冗談」


「そ、そうなんだ」


「はい。わかりにくかった……」


「ちょっとね」


 危うく、気絶しそうになった――とは蓮花は言わなかった。


「それよりも」


「そうだった。まずはこっち」


 ヒビキが光の中へと吸いこまれていく。そのあとに蓮花も続いた。






 光の先にはたいてい、通路が伸びていた。


 そして、両側が透明になると、さまざまなものが見ることができた。


 UFOのように組み立てられていくドリル戦車。


 幽霊を再現する装置。


 柱のようなタンクの中で培養されている翼竜の赤ちゃん。


 それから、先ほど間近で見たグレイ型宇宙人が、兵馬俑のように並んでいるところもあった。


 オカルトだと思っていたものが、次々製造されていく。


 蓮花れんげはただただ圧倒されていた。


 目の前で生産されていくオカルティックな物体たちと、それらを案内するヒビキに。

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