たこさんウインナー。

その後、なんとか休み時間が過ぎたらトイレへ篭ったり、がんばって逃走したおかげで、昼休みはひとりで屋上でお昼を食べることに成功しそうだ。


「やったー!」


そう叫びながら屋上のドアをあける、と。


「びゃ!!!」


慌ててドアをしめた。


椹木くんが見えた気がしたんだけど、まあ、気のせいだよね。


転校してきたばかりで屋上の場所がわかるわけないし、


今わたしが教室に帰ったらまた、よくわからない、椹木くんの好きな色だとかの質問されるし、うん。


「気のせい気のせい♪」


そういいながらドアを開けると。


「痛っ」


ドアの向こうで人が額をおさえている。


開けようとしてたのかな?


「す、すみませんっっ」


慌てて謝ったけれどリボンタイをつかまれ、ぐいっと引っ張り目を合わせられ、足が浮く。


氷のような目が鋭く輝いていた。


こ、殺されるぅっ。


走馬灯のようにいままでの記憶が駆け抜ける。


…お母さん…お父さん…おばあちゃんたち…萌柚はここで終わりのようです…。


よくわからないけれど、本能が殺されるんだ!!と叫んでいる。


ぎゅっと目を閉じると、笑い声がした。


「びゃって何。それが驚いた声?」


薄く目を開けると、椹木君じゃ、ない!?


「すみません、あの…!下ろしてください!!」


いたずらっぽい笑みを湛える彼に必死に頼むと、残念そうな顔をされながら下ろしてもらえる。


椹木くんと似た目の色だけれど、よく見れば一重だし、


髪型はふわっとした天然パーマだし、髪色も黒だ。


「椹木くんのご親戚だったりします…?」


思ったことをそのまま口に出すと、蛇のような目で睨まれた。


「……親戚?」


一重にしては大きなその目が大きく横に引かれる。


笑顔なのかなんなのかよくわからない表情だ。


「まあ、とにかく。萌柚ちゃん、やっけ?」


はい、と頷くけれど、なぜこの人は私の名前を知っているんだろう…?


「秋斗のこと、よろしゅうな」


笑顔でそう伝えられ、はいと頷くと、そのまま彼は置いてあった風呂敷包みを持ち上げ、屋上から出て行った。


その黒色の風呂敷包みの模様の蛇が、私を睨んでいるように見えて、私はひゅっと息を飲み込んだのだった。


「はあ…怖かった。お弁当食べる気分にはなれないよ」


そう言っているくせにお弁当箱を開けている私。


ウインナーソーセージが微笑んでいる。


「おいしそ〜」


にんまりして食べ始めようとすると、屋上のドアが開いた。


え、、またあの人かな?


お弁当箱を守ろうと覆い被さると、


「ここにいたか」


息を乱した椹木くんが入ってきた。


「え。わたし?」


「ああ。お前だよ。でも、何してるんだ?」


訝しげに彼はこちらを見た。


私からしたら椹木くんの態度の方が怪しいよ!!


そう思いながら彼の視線を辿ると、


「わ、、!」


お弁当を守っていることを忘れてた。


わたしのほうが怪しい人になっていた。


何してるんだ?の問いに答える。


「お弁当を守っています…」


「は?」


昨日の優しさは欠片も感じられず、本当に呆れているような声が聞こえてきた。


「もう知りません。私は食べます。話しかけないでください」


不審者には無視がいちばん効く、というのをどこかで読んだのを思い出し、じぶんの方が変なことをしているのを棚に上げながらたこさんウインナーにフォークを刺す。


「俺もそれ好きだ」


そう言いながら椹木君が隣に座ってきた。


「な。なんでですか」


なんですか、帰ってください、と言おうと思ったのに。


慌てて言ったせいで「で」が一個増えてしまい、タコさんウインナーが好きな理由を尋ねているみたいになってしまう。


「なんでだろう。弟が好きだったからかな」


真面目に答えてくれたので、少し申し訳なくなる。


「それで雪原。本題に入るが、錦小路と会ったか?」


に、しきこうじ…。


「わぁ。かっこいいお名前ですね」


「…は?」


あ、ちがうちがう。会ったかどうかを聞かれているのだ。


「たこさんですね」


たこさんウインナーを食べようとしていたから、思わず「たこさん」と言うことばが出てしまう。


すっごく睨まれた。


「会ってないってことでいいのか。よかった」


ふうとため息をつく彼にこう言った。


「錦小路さんとか言う人は知りませんが…今日はじめて会った人といえば、蛇みたいなひとですかね」


とたんに彼の目が鋭くなり、いつの間にか開かれていた彼のお弁当からタコさんウインナーの頭が消えた。


「そいつ、天パか」


「はい、天パでした」


「髪の毛の色は黒か?」


「そうですね、でも雰囲気は椹木君に似てましたよ」


不審者扱いしてた彼といつの間にか普通に喋っていて、少し可笑しくなる。


もう気づかれたか。と椹木くんはつぶやいた、そしてこう言う。


「そいつが錦小路だ。二度とあいつとは喋るな」


椹木君がそんなこと決めるなんて、と思いつつ、自分もあの人が苦手だなあと思ったので「そうしますね」と頷いた。


すると、「よかった…」


とすごくほっとした表情をされる。それが昨日の彼と重なって、


「昨日と、同じ人ですよね…?」


しばらく間が空いて、彼は答えた。


「あ、やっぱり、分かるか…?」


「わかるもなにもありませんよ!?」


「そうか。昨日は助かった、ありがとう」


そっけなく言われる。


昨日の明るい優しいイケメンさんはどこへ行ったのだろうか。


「キャラ違いません?」


そう聞くと、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしてこう答えた。


「こっちが素だ。人に何か尋ねるときは、感じの良い方がいいから」


「…あはは、そうなんですね。わたしには、もうどうでもいいですけど、クラスでは前みたいに感じをよくした方がいいですよ」


返答がないまま、わたしはお昼を終えた。


そして食べ終わったのでもう行きます、と伝える。


すると、


「朝は本当に悪かった、クラスでは感じ良くする」


と声をかけられる。


無理にすることはないですけど、と答える。


そして振り返らず教室へ向かった。


ほんとうは、猫をかぶっているのは私だということがバレるのが怖かった。




⭐︎




引き戸を開けると、好奇の目で見られていた。


席へ戻ろうとすると、通路をはさんで隣の席の子に抱きつかれた。


「もーず!さっき椹木くんが探してたけど、会ってきたのー?」


「やっぱりそういう関係だったの?」


「ひゅーっお熱いねえ」


いつものグループのメンバーがそう言いながら小突いてきた。


「そんなんじゃないよ」


苦笑しながらそう言うけれど、全く信じてくれてなさそう。


「うちらのお姫様は恋愛事には縁がないと思っていたけど」


「違ったんだねぇ〜」


「ねえいつから付き合ってたのよ!」





「だから違うって〜」




こうやってわちゃわちゃしている私たちのことを、白い目で見てくる人は少なくない。


少し前までは、わたしがそうやって眺める方だったのに。


馬鹿馬鹿しくて、意図せずわたしの唇の端が持ち上がる。


なんてわたしは卑劣な性格をしているのだろうか。


「わーお姫様が笑ってるよ」


「隠してたんだ〜」


友達の笑顔が、しらじらしい薄笑いにしか見えなくて。


彼女らからの目線がひどく私のこころを縛り付ける。


糸のように絡んでいく。


ガラッと大きな音と共に戸が開いた。


椹木くん…


わたしは、このクラスで、いや学年で『お姫様』と呼ばれている。


そのことに対して唐突に恥ずかしい、という感情が湧いてきた。


なぜ甘んじてそれを受け入れてきたんだろう。


本当は「姫」なんて呼ばれるのが、なぜかバカにされているようで嫌だった。


ほら、私はやっぱりこんなに捻くれている。


クラスで感じを良くした方が、楽だと言ったのは私なのに。


私は全然楽ではないし、楽しくない。


友達が求める言葉を話さなきゃいけない、ってどんどん追い詰められた。


友達がいない頃は辛かったけれど、この生活もわたしには合っていない。


今の友達といると、なぜかわたしのこころは捻じ曲がった考え方をしてしまう。



なぜ昨日会ったばかりの人に対してこんな感情を覚えなくちゃいけないだろう。


心当たりはあった。


昨日の私は、素の私に近いまま彼と喋ってしまったからだ。


そして今日もそのノリでお弁当箱をかくしたりとか、いわゆる『天然』なこと、をしてしまったから。


高校に入ってから今まで、『天然』だとか言われないように過ごして来たのに。


そもそもわたし」は「天然」じゃなくて、ただただわたしなだけなのに、なぜ、こんなに。


こころが痛むの…?


目頭が熱くなり、教室から飛び出す。


どこか遠くで、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「はぁ、はぁ…」


屋上まで来て、思いっきり息を吸った。


鼻水が喉にへばりついたみたいでげほっとむせた。


こんな時までどじ・・で笑ってしまう。


喧騒も、なにもかもが私の意識の外にある。


なのに、私は大して孤独を感じていない。


ただただ、自分の本質を見分けられない私に恥ずかしさを感じるだけ。


こころと同じように行動できない私に、腹が立つだけ。


椹木くんは、ここでは「素」だって言った。


かっこいいな。


わたしも、ねえわたしも、


そんなふうになりたい。

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