10日目の翌日 昼
それから少しして、ロビーに追っかけ君が来てキョロキョロしているのが見えたので、そちらに歩いていく。
この廊下を通ると思ったんだが、予想が外れたようだ。
追っかけ君の装いは、背中にスーツケースのようなものを背負って、ガチ装備だ。
少しだけ人目を集めている。
どこから持ってきたんだその装備。
「おはよう」
おれが追っかけ君に挨拶すると、追っかけ君もこちらに気づいたようで、挨拶してくる。
「おはようございます」
「じゃあ行こうか」
「行きましょう」
こういう朝の待ち合わせはいいな。
ワクワクする。
──────
「野外パークへは、どうやって行くんだ?」
ホテルのエントランスを出て、おれは尋ねた。
「バスです。すぐそこのバス停から乗ります」
追っかけ君がすぐそこのバス停を指差して言う。
「OK」
「あ、ちょうど来たみたいです。ラッキーですね」
おれと追っかけ君は急いでバスに乗り込んだ。
先に中に入った追っかけ君が、席を探し、座る。
「こっちです」
ラッキーだ。天国のバスは本数も多いが、座れるかどうかは割と運。
多くの人が移動しがちな朝と夜は、特に混む。
だから座れたのは、ラッキーだった。
しかも2人並んで。
追っかけ君がカバンからゲーム機を取り出して言った。
「とりあえずゲームしましょうか」
「了解」
おれは待ってましたとばかりに、うなづいた。
おれと追っかけ君が周囲に配慮しつつ、ゲームをしていると、中ボスを倒したぐらいで目的地についた。
「後ちょっとでラスボスだったのにな」
「惜しかったですね」
もうこのままゲームをして1日を終えてもいいぐらいの気分だが、追っかけ君はそうではないだろう。
今日のメインは天使なのだから。
バスを降りて、人通りの少ない壁際に寄り、追っかけ君は地図を広げた。
「えっと、野外パークはこっちですね」
しばらく地図を見たのち、追っかけ君の案内の元、歩きながら会話する。
「にしても、今日は加藤さんが来てくれて良かったです。ひとりで行くのは寂しいですからね」
「天使クラブの人は来れなかったのか?」
「誘ったんですけど、ぼくの統計からの推測だって言うと、みんな遠慮するみたいで」
追っかけ君が茶化して言った。
「…ちなみにその統計何回ぐらい当たったことあるの?」
「一回だけ…あ、いえ、僕の予想だと70%は公園にいるはずです」
なるほど…
「なるほど…」
「なんですかその反応は! 一回当てただけでも凄いんですからね」
「……野外パーク楽しみだな〜」
「信じてませんね? 来ますよ。今日は絶対に来ます!」
おれと追っかけ君が、そんな軽口を叩いていると、野外パークの入り口が見えた。
アーチのかかった入り口で、ようこそ野外パークへ、と書いてある。
その奥は見渡す限りの草原と森。
その中へうっすらと人用の道が延びていた。
──────
入り口に入る前に、係員さんから説明を受けた。
「野外パークは、天国の自然を観察するための場所です。
自然を壊さないために、ゴミはお持ち帰り頂き、整備された道以外には決して足を踏み入れないでください。
それから、ここには多くの野生動物も生息していますが、動物たちへの餌やりや、動物たちを刺激する行動もご遠慮ください。
自然保護のため、ご協力お願いします。
その他細かいルールは、こちらのパンフレットに書いてあるので、ご参照下さい」
説明を受け、中に入る。
野外パーク内は基本徒歩での移動のようだ。
泊まりがけで来る客も多いらしく、1週間、各地の宿泊施設を転々としながら、パーク内を一周するコースもある。
と、おれがパンフレットを見ている横で、追っかけ君は背負っていたスーツケースを下ろし、中からアンテナとタブレットを取り出す。
なるほど、それが入っていたのか。
おれは彼からアンテナを受け取り、追っかけ君はタブレットを見ながら歩いていく。
歩きスマホならぬ、歩きタブレット。
少し危険だ。
「どう? 反応ある?」
「バリバリありますよ。近くにいます。…こっちです」
ロングコースと書かれた道の方へ行く。地面は多少整備されているが、枯葉や枝が落ちていた。
歩きタブレットは危ないかもな。おれも歩きアンテナだから、注意しよう。
俺たちは森の中へ入っていった。
辺りが木で囲まれ、風が吹くと葉の擦れる音が聞こえてくる。
タブレットの反応はどんどん、近くなってきていた。タブレットの反応を追って、一つ目のチェックポイントの野生動物観察館に入る。
ここはこのパークに生息している動物や植物についての説明が見れる場所で、パークに来た人はまず初めにここを訪れるのが定番らしい。
初めに、このパークについての説明書きがある。
「天国ではこの場所以外で、動物を見かけることが少ないのではないでしょうか。
それは天国における動物の絶対数の少なさから由来します。
どうして天国に動物は少ないのか。
一説によると、人にとっての天国が今こうしてここにあるように、動物達の天国もまた別にあるのではないか。とのことです。
もしそうだとした場合、ここは人の天国における、数少ない動物達にとっての天国といえる場所なのではないでしょうか。
そんな動物達の天国を壊さないように、この場所は野外パークとして、人と自然が共存できる場所として成り立ちました」
なるほど、確かに。天国に来てから動物を見ることは少ない。ペットショップはないし、散歩している犬も少ない。
そういえば虫もほとんどいないな。
『パークの生き物たち
・イノシシ
・ウサギ
・クマ
』
「加藤さん!次行きましょう。反応が弱くなり始めました。恐らく天使は移動しました!」
追っかけ君に連れられ、おれもアンテナを空に翳しながら歩く。反応の強さはたまに強くはなるが、すぐに元に戻る。
「どうだ? 近づいてるか?」
「恐らく…」
その時、森の方に、白い何かが見えた。
「ウサギだ」
おれは小声で追っかけ君に知らせる。
「え、どこです?」
思いの外、追っかけ君は乗ってきた。
「あそこあそこ」
「わ!ほんとだ」
おれは持ってきたカメラで写真を撮る。
ホテリエさんに頼んだら、貸し出してくれたのだ。
「これは幸先いいな」
「ええ。行きましょう!」
──────
どんどんと奥に入ってきたのか、地面に落ち葉や、木の枝が多くなり、時たま木の根が顔を出すようになってきた。
葉っぱの匂いが鼻に届く。
「いよいよ森の中に入ってきたな」
「ええ」
「天使はどうだ?」
「近づいてきてます…多分」
多分……
そんなことを話しながら歩いていると、地面をリスが横切った。
「おお。リスだ」
「リスですね」
いきなり過ぎて写真を撮り損ねてしまった。
でも見れてラッキーだ。
──────
そのまま天使に近づいたのか、そうでないのか分からない時間が過ぎ、ロングコース最初のチェックポイント、休憩所に着いた。
「ちょっと休んでいきますか」
「いいのか?」
「ええ。焦ってはいけません」
「そうか」
休憩所は、2階建ての山小屋のような建物で、1階と2階に机と椅子が並んでいる。
すでに何組かの人々が休んでいるようだった。
「どこ座ろうか?」
「あそこら辺、空いてそうですよ」
「OK」
空いてるところに座って、一息つく。
「いやー、疲れたな」
「ええ。しかし、まだまだ歩けますよ」
「おれも」
天国では不思議と力が湧いてくる。
しっかり睡眠を取れているからかもしれない。
生前と比べたら、おれの睡眠時間は超健康的だ。
寝すぎも良くないが。
それに、筋力は衰えそうなので、今度ホテルのジムなどに行くのも悪くないかもしれない。
そんなことを考えていると、追っかけ君がリュックを漁る。
「おにぎり持ってきたんです。食べますか?」
袋に包まれた、市販のおにぎりだ。
「ああ。しかしそういうのって持ち込みOKなのか?」
動物に悪影響そうだが。
「ああ。大丈夫みたいですよ。ほら、パンフレットの後ろの、よくある質問に書いてあります」
『Q. 飲食物の持ち込みはOKですか?
A. OKです。ただし、食事は各種コース途中に設置されている休憩所内でのみ行い、ゴミは各自お持ち帰りください。』
なるほどな。
なら安心だ。
「じゃあ、有り難くいただきます」
「どうぞどうぞ」
──────
おにぎりを食べ、栄養補給できたおれ達は元気よく歩き出す。
アンテナを空に向けると、今までにない、強い反応が現れた。
「おお! これは!」
「走りましょう!」
そう言って追っかけ君が走り出すので、おれも慌てて後を追いかける。
落ち葉を踏み締め、木の根を飛び越え走る。
さっきまで休んでいたから、脇腹痛くなってきた。
しかし、それも我慢して走る。
「はぁ、はぁ…どうだ?」
「近いです!」
追っかけ君はタブレットを見ながら、
そしておれは無我夢中でその追っかけ君に着いていき、坂道を登り、
少し開けた丘に着いた。
空が見える。
天使がいた。
しかし──
天使は俺たちに気づくと飛び去ってしまった。
おれは急いで写真を撮った。
──────
おれは膝に手をつきながら、追っかけ君に尋ねる。
「ぜぇ、ぜぇ…どうする?」
「そうですね…」
追っかけ君は天使のいたところにしゃがみ込み、何かを拾った。
羽根だ。
「…今日はこれで良しとします。反応も消えてますし」
少し落胆したように追っかけ君が言った。
「そうか…。一応写真撮ったんだが、見るか?」
「見ます」
おれは追っかけ君に画像を見せる。
そこには追っかけ君の後ろ姿と、遠目だが、羽ばたく瞬間天使の姿が写っていた。
「天使とのツーショットだ」
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