第22話 夜の城壁の上で

「清牙様との見合いってどうなったんだろうな」

 軌林はぼんやりと言った。


 いずれ清牙は中央に戻る事が決まっているが、優里はここに残ろうかと言う。

 なるようにしかなるまいとは思うものの、ふとそんな話もあったなと気になったのだ。


「見合いの話があるのか。それはめでたいな」

 女の兵役制度の要因を作った清牙。

 彼にそういった話があるのはいいことだ。

 そう思った優里は、嘘偽りなく心からめでたいとそう言った。


 さすがに軌林は唖然とする。

 二人の縁談が持ち上がり、優里が森県に顔見せに行ったと聞いていたのだ。

 それがなぜか清牙は秘密の開示を言い出し、女の兵役制度撤廃を決意したという。

 何がどうなればそうなるというのか、軌林にはよく分からない。

 しかし信じがたい事にそれは決行され、その後の怒涛の改革で見合い云々は有耶無耶になったのではなかったか。


「いや、お前だろ。見合い相手は。ちゃんと互いに身上調査のやり取りを交わしたんだろうが」

 軌林の言葉に優里は押し黙る。

 何か思案しているらしい。


「んん? あー、そういえばそういうの、あったな。え、あれ見合いだったのか?」

 そう言われてみたらその可能性があるのか?

 嘘だろう。いや、それは気付かないって。


 目をうろつかせた優里は大方そんな事を考えているのだろう。思い出そうと過去の記憶を必死に浚う様子を見せる優里を、軌林は可哀想なものを見る目で見た。

 任務だと思い込んでいたのであれば、森県では調査対象として清牙に接していたのだろう。そういう所は単純で、なおかつ任務には真摯に取り組む優里だ。

 浮ついた感情などなかったに違いない。


「そういう話だったらしいぞ。条件としては確かにお互い色々満たしてる。どうなんだ?」

 見合い相手として見た場合、清牙はどうなのだと軌林は軽い気持ちで尋ねた。


「あ」

 優里は目を丸くして軌林を見詰める。


「惜しい。なかなか理想だった」

 まるで今気が付いたと言わんばかりだ。

 そしてその言い方は『可能性はない、終わった話だ』と言ったも同然だ。軌林は我知らず安堵する。


「さすがにお前を組み伏せるのは無理だったか?」

「いや、そこは突破クリアしてる」

 優里の言葉に今度は軌林が目を剥いた。冗談のつもりだったがまさかその条件を突破していたとは。


「うわ、惜っしいなー、『森県の団長』だったらなー。『森県の団長』はさ、むしゃくしゃしてる時に相手してくれるんだよ。手加減なしで組手してくれる貴重な相手だったのに」

 軌林はますます驚いた。


 優里の八つ当たり発散に付き合うなんて、正気の沙汰じゃない。それが可能な人間はこれまで家族だけだった。それは確かに貴重だ。

 優里と対等に殴り合い、組み伏せるなどそうそういない。


 なるほど、父や上羅殿が「ちょっと会わせてみるか」という気になったのも頷ける。

 実直で融通の利かない不器用な人間。さぞ生きづらいだろう男。

 嫌いではない。そういう人間も今のこの国には必要だ。優里もそうだろう。

 嫌いではないが。


「王族はない」

 優里の言葉に軌林は同意しかなかった。


「森県の団長あたりだったらそりゃもう、足繁く通って口説き落としたいくらいなんだがなぁ」

 優里はおかしそうに笑う。


 ただの田舎の働き者の団長だったら良かったのに。

 せっかくの理想的な相手だったのに。

 うまくいかないもんだ。

 軌林も思わず笑った。


「若手を育てて、三十頃に自分と同じような独身の気の合う男と一緒になって、素質のある者をばんばん養子にして後ろ盾になる人生を送るのが理想だったんだ。平和だろ? でももう中央は辞めたしなぁ」

 お互い酒が入っている状態だ。言ってもいいだろうと優里は目を細める。

 一般的にそれを平和というべきか悩ましい所だが、軌林も岳家の人間だ。

 たしかにそれはいい人生だと思った。


 実力のある人間がそれを発揮できず、才能を腐らせるのはもったいない。国の宝になりうる人材の力になってやるのが優里の描く理想の人生像だった。

 しかし今後は兵の数が減少するだろう。もうその必要もないかもしれない。それはそれでいい事だ。そう優里は表情を和らげる。


 中央から離れ、その将来から遠ざかる事も視野に入れている優里だが、それは清牙と一緒になっても可能だ。

 将軍となった清牙がこの先、後ろ盾がなくとも出世ができて適所に就けるような制度を作ればいい。

 兵を大事にする優里が側にいればきっとうまく、順調にその制度は整えられるだろう。しかし軌林はそれを優里に伝えることはなかった。


 女の武官の中では頂点と言っても過言ではない優里を清牙が選べば、国の民は納得するだろう。

 現在、一部で王族が「強い女」を求めたのは、増強増兵のためのまったくの作り話ではないかと囁かれている。その疑念を払拭できる。


 だが失墜した国の権威復活のため優里を利用するような真似は、断じて容認できるはずがない。

 まして清牙は要因を作り出しておきながら長く手をこまねいていた男だ。そんな人間に大切な片割れをくれてやる気は軌林にはない。

 今後よっぽどの改革を納めるなりすれば認めるかもしれないが、今はその気はない。全ては今後の清牙次第だ。


 気配に敏い双子は同時に背後へと視線を移す。

 宴が催される建物から出て来た清牙と目が合った。


「ずるいぞ」

 しっかりとした足取りで櫓を登ってきた清牙は恨みがましい目で軌林を睨む。


「よく抜けられましたね」

 軌林は感心した。心の奥底からの言葉だ。

 新しい責任者の歓迎はすさまじく、よくあの宴から抜け出せたものだ。絶対に逃げられないだろうと思ったからこそ、こうして自分だけ密偵の技を持ってひっそりと抜け出て来たのに。

 主役二人が抜けるのも彼らに悪かろう。この地に属する彼らとの今後の良好な関係のため、軌林は宴に戻る事にした。


 ※


 優里の隣まで側まで来た清牙は胸壁に背を預けて床部に座る。

 優里の方が高い所に座っており、不敬にあたる位置だが清牙が自らそこに座ったのだ。かまわないだろう。今夜は無礼講なのだ。


「ここの連中の酒量はどうなってるんだ」

「他に娯楽がないんですよ。派手な酒宴も新年と年に一度の祭りくらいですから。飲む機会があればこうなるんです」

 だから今日は大目に見てくださいと言外に優里は望む。


「世話になった」

 清牙の静かな一言にはすべてが包括されていた。


「……自分が納得するために、動いたにすぎません」

 農夫のような者は他にもいる。家族を国の政策のせいで失った者は農夫だけではない。

 農夫だけに手を尽くしたのは優里の身勝手であり、自己満足の偽善だ。

 清牙のためなどではない。


「それでも━━」

 言い募りかけた清牙はそれ以上何も言わなかった。

 理解のある人間だ。不遇の人生を歩んできたからか。

 優里は清牙をそんな風に思いながら砦の外へと目を向ける。夜警の任に就きつつ酒瓶を傾けた。


ユウ、か。元の名もいい名だっただけに惜しいな」

 清牙は話題を変えたいのか唐突に言い出した。優里は思わずふっと笑う。


「父は初めに『優れた技術を持つ者』という意味で優技ユウギにしようとしていたんです」

 女につけるにしてはなかなか勇ましく猛々しいが、岳家の娘であれば相応しいように思える名だ。


「大兄が『すごい技術を持った売れっ子の妓女』みたいだからと、止めてくれたんです」

 清牙は沈黙した。

 確かにそういわれてみるとそうとしか思えなくなる。だがあけすけに女がそれを口にすることも、憚ってしかるべきではないか?


「私の名前で両親と大兄の間でひと悶着あったそうで、軌林は私の名前に合わせて適当に決められたんです」

 これはいまだに岳家で持ち上がる笑い種で、優里の人生において確実に笑いを取れる逸話鉄板ネタでもある。

 どこで披露しても盛り上がるが、清牙には合わなかったようだ。

 繊細で神経質な話には理解がある清牙だが、笑う所は岳家とは合わないらしい。優里は少しばかり残念に思いながら内心肩をすくめた。


「優技、もお前らしい気もするがな。邪魔した」

「戻られますか?」

「ああ。せっかく開いてもらった酒宴だ」

 長く不在にするのも礼を欠くだろうと言わんばかりの言葉だ。立ち上がった清牙を見上げ、優里は唇の片方をくっと上げた。

 うん、いい男だ。

 王族にありながら驕った所が見られない。こういう所は本当に好感が持てる人物だ。


「私が森県に行ったのって、見合いだったんですか?」

 ふと優里は考えもなく、純粋な好奇心で尋ねる。

 清牙は微かに目を瞠った。まさか尋ねられるとは思わなかったし、蒸し返されるとも思わなかったのだろう。


「そうらしい。知らなかったのか」

「はい。まったく気付きませんでした」

 いっそ清々しいほどの断言を返す優里に清牙は思わず表情を緩める。


「そうか。話が出た時は少し━━期待したんだがな」

 常日頃、聞き取りやすい声を発する清牙にしては珍しく小さな声だった。

「すまん。酔っているようだ。忘れてくれ」

 そう言って清牙は踵を返す。清牙がそこにいたのは短い時間だった。軌林よりもよほど短い。

 優里は清牙を送り出し、酔いが回って転がり落ちたりしないよう櫓を降りて行く清牙の背を見守る。

 清牙は酔いなど感じさせない、実に確かな足取りで戻っていった。


 かつて優里も清牙に言った事がある。

 忘れてくれと。

 過剰な兵力増強を良しとしない自分の本音をさらけ出した時のことだ。

 あの時の恩がある。優里は清牙の言葉に従い、素直に忘れることにした。


 それにしてもまさか父のネーミングセンスを認められようとは。

 意外と父上と話が合ったりするのだろうか。二人が相対する様子を思い浮かべようとするが適わず、優里は口元を緩ませる。

 しばらくして食堂から楽し気な大きな歓声が届いた。清牙が戻ったのだろう。とりあえず歓迎されているようだ。


 明日が楽しみだ。

 優里はちびちび飲みながら愉快な気分で明日に思いを馳せ、夜番の職務にあたったのだった。

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