第14話 帰還した王弟

 彩の国主が公務を務める宮の最奥にて、その集いは厳重な警戒のもと極秘で開かれた。


 毎年行われる国主の即位祭にて、王弟がとある重大な発言をする━━

 その段取りと警備について何度も繰り返し協議されている。

 そこには岳将軍の代理たる上羅と副官、即位祭を取り仕切る役人の代表者と警備を担当する軍部の上役。そして清牙と沙漠が同席している。


「寸前まで沙漠殿か優里教官を代役に立てるという手段については……」

 直前まで正体を明かさず、清牙の身の安全を確保することが狙いだ。

 一般的には、影武者をして育てられた沙漠の方が王弟 清牙だと見られるだろう。いざという時に盾となり身代わりになる事が沙漠の本来の仕事だ。


「不要だ。そもそも沙漠はともかく、優里は顔が売れ過ぎているだろう。ましてこの期に及んでなおも民を謀るのは愚策としか言えん」

 清牙は吐き捨てるように言って断固拒否した。

 清牙は当の昔に沙漠を影武者として扱う事をやめている。子供の頃から側にあった友であり兄弟のような存在だ。そして敬愛する師、上羅の夫でもある。清牙が沙漠を捨て駒になどしようはずがなかった。


 彼らのやり取りを脇目に、上羅とその女性副官が何やら目配せした。

「発言をお許しください。その案は優里教官もご存じなのでしょうか?」

「可能性がある事だけは告げましたが……」

 沙漠の言葉を聞くなり上羅の副官は大きく目を見張り、そわそわとドアを見やる。それまで落ち着いていた彼女の様子の変化に塊もまた不審そうな表情を浮かべた。


「どうした? 何か問題が?」

 清牙や沙漠の注目を集めた副官に、上羅が短く命じる。

「行きなさい」


「……ッ、申し訳ありません! ご無礼をおゆるしください!」

 上羅の指示に副官は一礼し、慌ただしく退室した。分厚く重い引き戸が衛兵に閉められる前に、隙間から声が漏れ届く。


「優里教官はどこだ!? すぐにつかまえろ!!」

「無茶言わないでください!」

「髪……ッ!」

 外に控えていた女性兵二人は泣き言にも近い悲鳴を上げたが、続けられたその言葉に即座に彼女たちが駆け出す気配がした。バタバタと混乱を極めようなありさまで、平素冷静たれと教えられる軍人にあるまじき姿に一同は呆気にとられた。

 上羅は小さく嘆息し、一瞬遠い目をした。

 間に合わないわね。


 翌日塊の前に当日護衛を務めるという一人の兵が現れた。

 堂々とした、きびきび動く態度に塊も沙漠も感心する。

 直後、後頭部を掴むこともままならないほどの長さに切り整えた優里だと気付くや、清牙は何とも言えないうめき声を発した。

 それは子供の頃から生活を共にしてきた沙漠も聞いたことのないようなものだった。


 衝撃にかける言葉を見付けられない様子の清牙に、周囲の女性兵は勇気づけられ味方を得たと思ったのだろう。

「やっと、せっかくあそこまで伸びていたのに」

「やっと多少は女性に見えてきたのに」

 沈痛な面持ちで恨みがましく嘆く彼女たちに反し、優里はずいぶんと機嫌が良さそうだ。


「こんな機会、逃してたまるか。洗髪がずいぶん楽になった」

 可愛い同僚、教え子の嘆願を無下にも出来ず肩につく長さを保ってきたが任務となれば話は別だ。

 清牙の代役をちらつかされるや優里はこれ幸いと即、髪を切った。


 勝ったとばかりにふふんと鼻を鳴らしそうな優里に、清牙は眉間にしわを寄せ額を押さえて固く目を閉ざす。

 そこまでするか、やりすぎだ。

 なぜ先走る。決定してから対処すべきだろう。


 言いたいことは山ほどあるような気がするのに、何を言うべきか清牙は完全に見失っていた。

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