第13話 かつて師弟関係だった二人


 王宮の一部に高官の屋敷が立ち並ぶ区域が存在する。その一棟が上羅に与えられた居住だ。

 明かりを一つ灯しただけの暗い私室にて、上羅は優里から送られてきた報告に目を通す。これで三度目だ。


『領地統治の代行者たる沙漠と、領地の平穏維持に努める塊団長は恋仲である』


 自分が何か読み違えたのかと信じたかったが、残念ながらその希望は叶わなかった。

 椅子に深く腰掛け、背凭れに首を乗せて天井を仰いで深く嘆息する。

 どうしてそうなった。

 確かに優里にはっきりと見合いだとは言わなかった。

 女だからと見くびるでなく、本気で対峙し、なおかつ打ち負かすような男でなければ認めないと優里は公言してはばからない。将軍の娘である優里を相手にそんな男はいない。よって色恋事に対し意欲がないのだと思っていた。

 異性を殴る相手か否かという二種でしか見ていないようにさえ見えた優里が「婿探しの旅に出る」などと言うものだから、それならばと清牙を推したのだ。

 王宮にて幼い清牙と沙漠に武道の指導をしたのは上羅だ。清牙を王族として、沙漠は清牙の影武者兼護衛として鍛え上げた。

 王族にあるあるまじき髪の色に血統を疑われ、病気療養で王宮を離れる事になったあとも実家に招き鍛え続けた。

 幸い二人とも適正に恵まれ、上羅の弟子の中でも大変優秀な武人に成長した。岳将軍からの帰還命令を受けた際も実家と管理する領地を預ける人材に育った。

 優里の家柄も申し分ない。岳将軍に打診すれば散々ごねられたが実際会って当人次第ではないかと渋々の許諾を得た。

 優里から二度も帰還を延長したい旨の連絡をよこすのだ、優里の方は感触は悪くなかったのだろうと思っていたのに。

 見合いと言わなくても察するだろうし、万が一察する事がなくとも両者の抱く理想に合致しているはずだった。自然と惹かれ合うことは充分あるだろうと思っていたのに。

 なにをどうしたらそうなるのか。

 上羅に清牙と沙漠の仲を疑う気持ちは微塵もなかった。


 音もなく腰窓の格子戸が空く。外の空気と共に、闇がぬるりと室内に侵入するようにそれは入ってきた。

「人妻がこんな遅くまで起きているなんて、感心しませんね」

 背凭れの後ろまで迫った闇に上羅は鼻を鳴らす。

「どうも夫が浮気をしているらしくてな」

 沙漠は十五歳年上の妻だけを愛してきた。生まれてから愛したのは上羅だけだ。沙漠は慌てて上羅の前に回ると床に片膝をついて肘掛に手を乗せた。

「勘弁してください」

「お前がついていながらなんという体たらく。まったく……何をしているのです」

「返す言葉もありません」

 呆れ返った様子の上羅に沙漠は本当に申し訳なさそうに詫びた。

 幼少の頃、清牙の影武者として拾われ清牙と共に上羅によって育てられたと言っても過言ではない。

「あまりにも馬鹿馬鹿しくてそちらまで足を運ぶべきか悩んでいたところです」

「行き違いにならなくてよかったです」

「おだまりなさい」

 ぴしゃりと言ってから、上羅は穏やかに嘆息する。

 熱を上げたのは沙漠だ。幼い頃から長くともにあったせいで依存を愛情とはき違えたのだろうと上羅は認識している。

 ずっとあしらっていたがあまりにもしつこく言い募られ、付き合いが長く直属の上官である岳将軍にまで「もらってやればいいじゃねぇか」などと揶揄われた。

 成就すれば満足して目を覚ますかもしれないと受け入れたふりをしてみれば、それまで以上に臆面もなく真摯な態度をぶつけられる。

 一向に失せることのない愛情に長く晒され、まんまと絆された。自分が死んだあと沙漠に家や財産を遺したいと考えるほどには。

 どうしてくれるのかと岳将軍にそれを零したところ、上羅が岳将軍の代行を務めるのであれば岳将軍が二人の関係を保証し、上羅に何かあった場合も誠実に対応するという。

 困った事にそれに乗ってしまうのだから自分もたいがいだ。こまったものだ。


「久し振りですね。はるばるここまで来たのです、お二人のご様子を報告しなさい」

 清牙の警備が手薄になる事について上羅は言及しなかった。上羅は自身の領の全権を沙漠に預けるほどその手腕を信頼している。清牙も自身で身を守れるうえ、優里がいる。心配することはなかった。

「一昼夜駆けて来たのですが」

 沙漠はまだ若い。愛する妻に会うのは年に数回会えればいいと言ったところで、当然妻に触れたい気持ちがある。恨めし気な声に上羅はふふと笑う。誰にも見せない顔だった。

 なんだかんだで可愛い夫なのだ。見通している年上の妻はそんな夫に飴を与える。

「お二人がどんなご様子だったかちゃんと報告出来たら、ここで休んでおいきなさい」

 報告したらすぐに帰れとは言わなかった。


 豪快で器の大きい優里と、恋愛を諦めた堅物の清牙がどのように過ごしてきたか。

 優里が鈍感で突飛ながらこれだけ長い間森県でともに過ごしたのだ。何かしらあるだろうと土産話を期待せずにはいられなかった。

 上羅にとっては、教え子と可愛い部下だ。清牙に至っては傅くべき相手であるが幼少の頃から見て来た息子のような存在だ。

 二人の性癖も知っている。惹かれ合わずにはいられないだろうと期待した。


「……そう、お二人は拳で会話されている、というご様子? そういう事かしら」

 寝台に横たわった上羅は戸惑いがちに夫の報告をまとめた。

 期待とは異なる、なかなか過酷な逸話が多かった。優里らしいといえばそれまでで、何の不思議もない彼女らしい日常だ。

 しかしこれは見合いの意味あいが強い顔合わせだったはずだ。そう思うとひどく残念な内容だ。


「拳ではなんの意思疎通にもならないとはっきり分かりました。その結果が私との道ならぬ関係とか、本当にもう」

 上羅の胸元に顔をうずめて沙漠はそう嘆いた。穏やかで温厚に見える沙漠だが今はその肉体美を惜しげもなく晒している。日頃肌を晒さないが実用的な筋肉の持ち主で身体能力は高く、体力も常人以上の武人だ。ここまでの道中、長時間馬を駆る肉体疲労よりも心労に苛まれた精神的疲労のほうがよっぽど堪えたものとみえる。

 あまりにも不憫で、言っては悪いので絶対に顔には出さないがどうにも可笑しかった。

 夫が打ちひしがれる原因の一端は上羅にもあるといえる。

 珍しく。上羅にしては非常に珍しく、夫を甘やかすことにした。

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