第15話 大衆の面前で性癖を叫ぶ
秋の澄み渡った空の下、立てられた
逞しい見事な体格に詰襟の濃紺の正装を纏う、精悍かつ整った顔立ちの男。
風が強く、高所に立てられた幟がバタバタと騒音にも近い音をひっきりなしに響かせるなか、それをものともしない声量で塊こと王弟 清牙は声を張る。
「幼き頃、逞しい女性を妃にと望んだのは私だ! それを主上のお言葉と偽り、西の内乱からの進行に備え女達を徴兵対象に誘導するは民衆を欺く行為である!」
破落戸相手に日々奮闘していた清牙が腹から発する声は大きく、それでいて掠れることもなくどこまでも響いた。有事の際には数千の兵をまとめ、正確に動かすことのできる声だ。部隊の上に立つ者として必要なその技量を備える清牙を、直属の部下たる沙漠は以前より誇らしく思っていた。
大衆を前に堂々と性癖を叫ぶ姿に、清牙から数歩下がった脇に備えた優里もまた誇らしげに小さく口角を上げる。暗い色の装束の者が多い中、優里と沙漠だけが目立つ白の正装姿だ。
当初、清牙と沙漠が白い正装を纏う予定だった。
目くらましも影武者も不要と言い切る清牙に、「では余った衣装は私が」と言ったのが優里だ。「私と沙漠様で目立って清牙様を際立たせますよ」と。
二人の白衣の供を引き連れた清牙はより力の強い者として、その圧倒的な存在感で大衆の前に立った。
剣や刀を腰に佩いた
西からの進軍を恐れ増兵したのは当時、仕方なかったかもしれない。
ただ過去の判断を百歩譲るとして西の反乱が成功し、新しい統治者が見事な手腕で安定させた現在、この制度を続けることは看過できるものではない。
間違っていると、清牙は声を張る。
間違っていたと、止められなかったことを謝罪する。
国主の血筋たる自分が止められなかったことが己の罪だと発言する。
そしてこの国で二番目に尊い血を持つ男が、国の民に向かって頭を下げた。
謝罪をしているというのにあまりにも堂々たる態度だった。その姿に聴衆は息を飲んで耳を傾け、戸惑い、ざわつき始める。
軍事特需を餌に宰相は貴族や力を持つ大商人といった同志を増やした。当然その中には巨額の富を得た者も多い。
清牙のあとを国主が引き継いで朗々と声を張る。
「女の兵役を停止し、宰相の座も一時空席とする!」
この事態を引き起こし、継続し続けた宰相を糾弾しつつ、今後女性の兵役を中止する旨を宣言する段において、民衆の声は最高潮に達した。
地響きのようなそれは歓喜であった。
優里の聞いた話では国主と清牙のなかでは廃止が決まっているが、段取りと言うものが存在するということだった。
『一度に事を動かすことは得策ではない。現時点では朝廷を被害者とし、権力で軍部をいいようにしてきた宰相に悪者になってもらう』
それを聞いた優里はどっちもどっちだと思った。
双方好きなようにしてきたではないか。ただ最終的に王族が非を認め、謝罪したことで民衆の心を鷲掴みにしたのだ。
先手必勝、負けるが勝ち。
こういう戦い方もあるよなぁ。
列の前方は文官、武官の高官だ。後方に行くほど位が下がり、最後尾の区切られた奥に一部の民衆が入っている。後方に行くほど嬉々とした表情を浮かべる民衆を前に優里はそんな事を思う。
本来、王族は謝罪などしない。それが清牙というこれまでないがしろにされてきた人物がすることで権力の失墜を免れ、均衡を保てるのだという。
小難しく面倒な事が多種多様かつ膨大にあったらしいが、「筋骨隆々の女が好み」だと言ったのは清牙本人他ならないという事で、本人は泥をかぶる事も一切厭わなかった。
いい心構えだ。
これで国主が逞しい女ではなく、華奢な明花を選んだ事も得心が行くというものだ。明花の実家が強大かと言うとそこまでではない。どうして明花を選んだのかと女達から不信と反感を買っていたが兄弟で女の好みは真逆だっただけの話だ。今後、女達の反感は皇帝ではなく宰相に向かうだろう。
兵役を強制され心身ともに傷つけられる女がいなくなればいい。
この国と周辺諸国が安寧な時期に入ったからこそできる改革だ。
この案を聞いた国主は鷹揚に頷き、「反対する理由はない。しかと進めよ」と宣ったという。
それを聞いた優里は思った。
そりゃそうだ、と。
屈強な女好きと思われ、まわりは好みではない女ばかりで固められていたのだ。そりゃ一も二もなく乗るだろう。
王子が強い女を望んでいるにもかかわらず、条件を満たす筆頭と言っても過言ではない優里が後宮を出禁になった理由も今なら分かる。お呼びではなかったのだ。
優里というあまりにも優秀な人材を後宮内で腐らせるのを惜しんだ宰相が、優里を外の責務に就かせたのだ。
対してこちらも「お呼びではない」容姿と能力とされる明花も後宮内でずっと白い目で見られていた。この真実を白日の下に晒すことで国主も堂々と明花を娶ることが出来るそうだ。肩身の狭い思いをしていた教え子が救われるのは優里にとっても喜ばしい事だ。
改革を喜び、宰相を罵る聴衆。警備の緊張を解かぬまま優里はこの国が大きな一歩を踏み出した光景を目に焼き付けようと大衆を見渡す。
その中に、見知った顔がいた。民衆の立ち入りを禁ずる仕切りの最前列。
彼が、王都にいるはずが無い。
「変革を宣言した稀有なる王」の顔で聴衆に応える国主を振り返る。
「塊団長! 陛下左前方!」
優里は一瞬でそちらを清牙に丸投げにする判断を下した。咄嗟のことでつい森県での呼び名になってしまったのは大目に見てほしい所だ。叫びながら優里は清牙の前を横切って駆けだす。清牙もまた瞬時にその指示に従っていた。
周囲の注意すべてが国主に向けられている中、彼だけは違う方向を見ていた。
ぎらぎらとした憎悪と狂気の籠る目でこちらを見る森県の農夫。両手を握るようにして隠された小さな刃物。
後方から刀を抜く音が微かに届いた。清牙が正確に言わんとすることを理解し、即座に動いたものとして優里は階段状にしつらえられた坂を一気に駆け下りる。
仕切りを乗り越えようとする彼を優里は体当たりするように抱きとめ、その刃を己の脇腹で受け止めた。
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