依頼は突き返そう
「ああは言ったがね。空代一子の依頼は調査しないで、1か月くらい経ったら何もわかりませんでしたで突き返そう」
空代一子が事務所を後にしてから10分ほど経った頃、守美は焼酎の水割りを作りながら平然と言った。その言葉に秀一は耳を疑い、数秒の間まばたきしか出来なかった。
「なんでだよ!?あれだけ大見得を切ってたくせに!」
「人に関する記憶を消し去ってしまう怪異なんて冗談じゃない!関わりたくない!私が秀一のことを忘れたら嫌だ!」
「じゃあなんで依頼受けたんだよ!」
「そりゃあ穏便に断ることもできたさ!でもあれだけ話を聞いておいてウチでは受けられませんとか言ったら可哀想だろう!あの場は安心させて帰すのが一番だと思ったんだ!それに、一応は調査しましたってポーズを取っておいたほうがいいじゃないか!」
守美は声を荒げ、グラスの焼酎を一気に飲み干した。ごくりと喉を鳴らし、大きく息を吐き出すと、その声には平静の響きが戻った。
「…そもそもが荒唐無稽な話だ。空代一子が頭のおかしな人間で、妄想を話している可能性だってあるだろう。空代雲晴が実は亡くなっていて、夫の死を受け入れられない空代一子が夫を探せと騒いでいるだとかな。あの場で依頼を断ったとしてだ。どうするんだ?それで逆上されて秀一が刺されでもしたら!私は泣くぞ!」
「人を刺すほどヤバい人だったら依頼を突き返しても刺されるだろ!…刺されるにしても姉さんじゃなく俺に矛先が向くのがタチ悪いんだよな……でも姉さん。感覚的に、あの人はそういう感じじゃなかっただろ?探偵事務所にオカルトじみた話を持ち込んできたのだって、姉さんが言ってたようにネットのクチコミを見たんだと思うよ。
秀一が言うクチコミとは、この捻木探偵事務所のGoogleクチコミ欄にある投稿のことだ。星5つがついたその投稿は、秀一が大学生の時に、守美の元に不倫調査の相談を持ちかけた依頼人のもの。厄介なことに、その不倫案件は守美の手には負えない怪異による仕業だった。
依頼人を気の毒に思った秀一は、大学の先輩である龍神に協力を仰いだ。龍神は、そういったものの対処に長けていた。龍神の尽力により事件は無事に解決したのだが、依頼人はまるで捻木探偵事務所が霊能相談所かのような内容のクチコミを投稿してしまった。空代一子は、そのクチコミを見たのだろう。
「あれも星5だからと放置せずさっさと削除申請を送っておくんだったな…」
「それに姉さん。箕作綴の小説はどうなるんだ。どうして雲晴さんの名前を使ってあんな話を?」
「それは…ほら、実は箕作綴と空代雲晴に交友関係があって、雲晴はそれを妻に隠していたんだ。どんな関係にだって秘密はあるものだからな。それで…なんやかんやあって箕作綴は空代雲晴の名前を勝手に使って小説を書いた。それで色々あって箕作綴が空代雲晴を攫って殺すなりした。そして空代一子はおかしくなったんだ。記憶云々の話は箕作綴の小説を読んだことで生まれた妄想だ。筋が通るじゃないか!よし、これが真相だ」
探偵の発言とは思えないほどいい加減な推理だった。箕作綴が殺人を犯す動機を「色々あって」で片付けてしまっていた。早くも酔いが回ったのかと秀一は肩を落とした。
「…姉さん、さっきTwitterで“空代雲晴”と検索してみたんだ。箕作綴のヒントがTwitterにあったならこっちも何かあるんじゃないかって。中国語のツイートばかり引っかかったけど、一件だけこんなツイートがあった」
じゅんこ@懸賞&ポイ活垢@Junko_kenpoi
空代雲晴
2024年2月18日 2:10 午前
「…空代雲晴の知り合い…というわけではないわけか」
「それは無いみたいだ。ツイート量は多くなかったから、このアカウントのツイートをこの日まで遡ったんだ。そうしたら、この投稿の30分後にこんなブログのURLがあった。この人の日記代わりのブログらしいんだけど、開いてみたらこれだ。どう見ても様子がおかしい文章が書かれてた」
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