第99話

「はい。みなさんとなら顔見知りですし、安心できます」

 後ろから付いてくるハリルは、大仰に手を広げた。彼も神の末裔として、本日の謁見に参加する。

「もちろん騎士団長の俺も同行するからな。ラシードは俺たちに任せて、王宮で王の椅子にふんぞり返って待ってろ」

「……そこが心配なところだ。私も同行したいところだが、西区の水路の整備が立て込んでいる。会議の予定も連日あるので、二週間以上にわたって王宮を空けるのは難しい」

「ついてこなくていいんだよ。見届ける役目の神の末裔は、ひとりでいいってのが神馬の儀の掟だろ?」

 ラシードがリガラ城砦に同行できないためか、ハリルは勝ち誇ったように胸を張る。

 謁見の間に到着すると、すでに大神官とファルゼフが待機していた。彼らはラシードに頭を下げる。広い部屋の奥には階段が設置され、そこを昇りきると、豪奢な椅子が三脚置かれていた。謁見のために王たちが座る椅子だ。

 中央の椅子にセナを導いたラシードは、左側の椅子に腰を下ろしたハリルにちらりと目を向ける。

「ハリルの勘違いを正しておいてやるが、王宮を出立したときから神馬の儀は始められている。つまり、私が不在だからといって貴様は王宮に戻るまでは指一本、セナに触れられない掟だ」

 目を見開いたハリルは、がたりと椅子から立ち上がった。

「はあ!? なんだよ、それ。そんな掟ありか!?」

「奉納の儀と同じだ。儀式の遂行を見届ける役目の神の末裔は、神の贄に触れることは許されない。私を出し抜こうというつもりだったのだろうが、そうはいかぬ」

 ハリルがファルゼフに目を向けると、彼は頷きを返した。

「陛下の仰るとおりでございます。ハリル殿はセナ様の護衛と、儀式の監視者という大切なお役目がございますゆえ、どうぞよろしくお願いいたします」

「……一気に力が抜けたな。まあ、いいけどよ。二週間の我慢だ……」

 どかりと椅子に座って頭を掻いたハリルに、微苦笑を零す。

 儀式の掟により、ハリルは二週間ほどセナに触れられないそうだけれど、ここは選抜されたアルファたちに華を持たせてあげるべきだろう。

 一同が揃ったところで、名簿を手にしたファルゼフが告げた。

「それでは、神馬の儀に参加するアルファたちとの謁見を始めます。ほぼ騎士団員ですので、皆様の見知った人物ばかりだと思われますが、この謁見も儀式のうちですので彼らの挨拶をお受けください」

「うむ。始めよ」

 ラシードが頷くと、ファルゼフは扉の前に待機した召使いに手を掲げた。召使いが重厚な扉を開けば、堂々とした足取りでセナもよく知る人物が登場する。

 中央にセナ、そして両脇にラシードとハリル、さらに階段下にはファルゼフと大神官が見据えている謁見の間で、膝を突いた彼は朗々とした声を上げた。 

「騎士団副団長、バハラームでございます! 今回の儀式にも選んでいただきまして、大変感激しております。身に余る栄誉に恥じぬよう、下半身共々、懸命にセナ様にお仕えいたします!」

 きらきらとした双眸でセナを見つめるバハラームの口上に、セナは引き攣った笑みで応える。

 奉納の儀では一番乗りにセナを抱いたバハラームだが、年長者らしいねっとりとした愛撫や言葉責めは何度思い出しても赤面してしまう。

 前回はアルファの地位により、挿入する順番はあらかじめ決められていたので、また順番があるとすれば今回もバハラームが一番乗りと思われる。

「よろしくお願いします……副団長さん」

 これからあなたを抱きますと元気よく宣言されるのは、なんとも恥ずかしくて気まずいものである。

 けれど恥ずかしがっているのはセナだけのようで、ラシードやハリルは真剣な表情を浮かべて、その後も挨拶するアルファたちを吟味していた。

 ひとり、またひとりと登場するアルファたちはいずれも騎士団員か、奉納の儀に参加したアルファたちなので、セナが知らない者はひとりもいない。彼らは堂々と挨拶すると、謁見の間の後方に控えた。

「次の者が九十九人目のアルファです」

 ファルゼフの紹介により、扉から現れたアルファには見覚えがあった。彼は奉納の儀で、最後にセナを抱いたアルファだ。

「よ……よろしくお願いいたします」

 彼は小さな声で告げると、床に平伏した。前回の儀式で少々話したが、確か地位の低いアルファだそうで、特殊な性癖の持ち主である……

「奉納の儀でも、あなたが最後の人でしたね。よろしくお願いします」

 セナが応えると、彼は顔を真っ赤にして、逃げるように後方へ走り去ってしまった。

 これでアルファたちの挨拶は終了かと思ったが、セナはふと首を捻る。

 そういえば、儀式に参加するアルファは百人ではなかっただろうか。ファルゼフは先程九十九人目と告げた気がするが、もうひとりはどうするのだろう。

「それでは、次の者が最後の百人目です」

 ああ、百人目がまだ控えていたのだ。

 どんな人だろうと扉に目を向けたセナは、音もなく現れた人物に瞠目した。

 謁見の間に控えていたアルファたちの間から、ざわめきが零れる。

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