第71話
王子たちは戦いごっこを始めてしまい、ハリルに首根を掴まれている。
その様子を微笑ましく見守りながら、子どもの無邪気さを発揮させるアルとイスカの将来をセナは案じた。
数日後、寝室の隣にある円形のソファに座ったセナは、緊張の面持ちで視線を往復させていた。
両隣にはハリルとラシードが腰かけている。そしてセナの向かいには、宰相であるファルゼフが冷淡な表情を浮かべて、丸い大理石のテーブルに置いた両手を組んでいた。
まるでこれから重要な会議が始まるかのような雰囲気である。
この部屋は神の末裔たちの他には、限られた召使いしか入れないと決められている。隣の寝室や浴室などは毎夜セナがふたりから愛されている場所だ。本来は会合を行うような場ではないのだが、本日の話し合いの性質を考慮すれば相応しい場所と言えた。
今日は、セナの懐妊の可能性についての話し合いを行うと、事前にファルゼフより説明を受けている。子どもを三人は産まないと、トルキア国が将来、安定した王位継承を行えない。その憂慮を払拭するためだ。
セナとしても、子どもたちの好きな職業に就かせてあげたいという想いがある。
槍騎士やアサシンになりたいと無邪気に将来の希望を語る子どもたちを見ていたら、王様になりなさいと押しつけるなんてやりきれない。
ファルゼフは一同を見回して、挨拶を述べた。
「皆様、おそろいになりましたね。それではお話しさせていただきます。先日、陛下とセナ様にはご説明いたしましたが、安定的な王位継承のためには、三人は御子様を産んでいただかなければなりません。しかしセナ様にはご懐妊の兆候が見られない。その原因として、淫紋が動かないことが発情期を妨げ、妊娠率の低下に繫がっているのではないかと考えられます」
淡々と説明するファルゼフに、ハリルは頷いた。
「まあ、おかしいとは思ってたけどな。儀式のときは生き物みたいに動いてたんだ。もしかすると、淫紋が動かないと発情期も来ないってわけか?」
「両者は密接に連動しております。医師の診察では、現在のセナ様の発情の値は、七パーセントです」
「それっぽっちか? あんなに、あんあん啼いて締めつけてくるのにか?」
いたたまれないセナは大理石のテーブルに顔を伏せる。するとハリルは慌てたように肩を抱いてきた。
「おいおい、けなしてるわけじゃないぞ。セナのせいじゃないから安心しろ」
「いえ……僕のせいなんです。感じては……いるんですけど……」
できればもっと発情して、子を孕みたい。ふたりには毎晩、熱心に愛されている。それなのに発情の値が上昇しないということは、セナの体や感じ方に問題があるのだ。
ファルゼフに目を向けたラシードは冷静に指摘した。
「つまり、淫紋の挙動率も七パーセントということだな?」
「おそらく。大神官の見解によりますと、淫紋の動きがイルハーム神の性の悦びを表しているそうです。淫紋が動くほど神の贄は発情した証となり、神の子を授かるとのことです」
「オメガは元々、発情期以外の妊娠率は高くない。懐妊するには発情を頂点まで持っていき、淫紋を動かさなければならないようだな」
「数値のことが出ましたが、わたくしからお伝えしておきたいことがございます」
「申してみよ」
「たとえば数値が百パーセントに達したとき、必ず懐妊すると保証されるものではありません。神の子はイルハーム神の授かり物という大神官の考えどおり、懐妊するには時期というものがございます。数値はあくまでも目安です」
「そうであろうな。だが、今のままでは懐妊の可能性は低いだろう」
「そのとおりでございます」
発情が最高潮に達しても、必ず妊娠するわけではないのだ。あくまでも可能性が高まるという話である。
けれど、やはりラシードの言うとおり、今の状態では妊娠する確率は極めて低いだろう。なんらかの方法で発情を高め、淫紋を動かすことが懐妊へのもっとも近道と思えた。
ファルゼフは眼鏡の縁を指先で押し上げる。彼の双眸が、きらりと煌めいた。
「そこでですね、もっとも有効な方法として、新たな儀式を行っていただくのがよろしいかと存じます」
「新たな儀式……ですか? それは、以前行った儀式をもう一度やるということでしょうか」
セナは過去、複数のアルファたちから精を注がれる奉納の儀、そしてラシードとハリルのふたりから交互に抱かれる受胎の儀を神殿で行った。
その結果双子の王子を懐妊できたわけだが、淫靡な儀式は思い出すと恥ずかしいばかりだ。 ファルゼフは、ゆるく首を振る。
「いいえ。全く新しい儀式です。歴代の王の中には儀式で懐妊に至らなかった例もあり、そのようなときの秘策として別の儀式が行われたことが、文献に記されております。その儀式は、『神馬の儀』と名付けられております」
神馬の儀……。どんな儀式なのだろう。名前からは、どのような内容なのか予想できないが。
儀式名を聞いたラシードは眉を寄せた。
「神馬の儀か。あの儀式は、リガル砦で執り行わなければならないという制限がある」
どうやら神殿ではできない儀式らしい。リガル砦の名に、今度はハリルが眉を寄せる。
「あそこはベルーシャとの国境ぎりぎりだ。先々代の王の時代にはベルーシャと戦になって、リガル砦に立てこもったという記録もある。なんでそんなところで儀式をやらなきゃならないんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます