第45話
「私もだ、セナ。そなたを愛している」
愛しさはあとからあとから溢れてきて、胸の裡から滲み出る。
固く抱き合い、啄むような口づけを何度も交わして眦の涙を舌で拭われる。
ややあって、目を逸らしていたハリルは苦笑を零した。
「十年遅れてきた神の子か。セナはいつも俺たちを振り回してくれるな」
「ああ、まったくだ」
「俺は何も知らなかったぞ。まあ、リヨのことは先王が隠すのもわかるが。なんでラシードはセナの出生の秘密や先代の贄のことを俺たちに黙っていたんだ」
肩を竦めたハリルに、ラシードは平然と答える。
「マルドゥクの動向を探るためにも秘匿する必要があった。それに王の隠し子という立場上、公にはできないからな。儀式が終了してから告げようと思っていたのだ。そして神の贄の責務を終えたら、セナは私の花嫁にするつもりだ」
花嫁という言葉に驚きを隠せない。
ラシードはセナを運命のつがいとして認めてくれるだけでなく、花嫁にしようという心づもりなのか。妃を娶らず、生涯をセナとだけ過ごすという強い意志をもって漆黒の眸はセナを見つめる。
「心優しく、たおやかなセナを守ってやれるのは私しかいない。儀式が終われば、セナはもはやイルハーム神のものではなくなるのだ。愛しいそなたに正式な地位を与えて、私のものにする」
「兄さま……」
ラシードの想いを聞いて胸を熱くする。名実共に、彼のものになれるのだ。
途端にハリルは眉根を寄せた。
「ちょっと待て。ラシードがセナの兄だからといって、譲ってやるつもりはないぞ。俺もセナを愛してるんだ。セナは俺の嫁にする」
「なんだと?」
両者の間に剣呑な空気が満ちる。
ふたりとも、セナを花嫁として迎えるつもりらしい。右手をラシードにしっかりと握られ、左手はハリルに指を絡ませられてつながれる。戸惑うセナを挟んだ男ふたりは睨み合った。
「セナは私を愛していると、いま口にしたのだ。しかも私の弟だ。弟を神の贄として子を孕ませることは初代国王が成したこと。いわば正統な伝統だ」
「そんなこと関係ないだろ。俺の肉棒を悦んで受け入れて喘いでる姿を見れば、俺を欲しているのは明白だ。なあ、セナ。俺を好きだと言っただろ?」
ハリルとラシードの真摯な双眸に見据えられ、セナは困惑する。
ふたりの傍にずっと寄り添っていたいと願っていた。ラシードは優しいだけではなく時折独占欲を滲ませて強く求めてくれる。気品に溢れる王の姿はもちろんのこと、兄としても慕っている。そしてハリルは不遜で強引に挑んでくるけれど、甘い雰囲気で和ませてくれることも多々ある。勇猛な騎士団長が見せる気さくな人柄に惹かれている。
そしてふたりはセナのために労を尽くしてくれた。とても感謝している。
ふたりとも、好きだ。
どちらかひとりなんて選べない。
それにセナは誰かひとりのものになることはできないのだ。
儀式の期間は終わっていない。セナは今も神の贄なのだから。
「あの……僕は、イルハーム神の贄ですから……イルハームさまのものです」
ふたりと手をつなぎながら紡ぎ出した答えに、ラシードとハリルは顔を見合わせた。
なるほど、と同時に頷く。
「確かに、そういうことになる。未だ儀式は終わっていないのだから、ひとまず遂行しなければならない」
「まあ、いいだろ。孕ませてから考えてもいいしな」
ふたりに挟まれながら、セナは幸せな悩みに苦笑を零した。
受胎の儀は最後の夜を迎えた。
いつもどおり禊を済ませて黄金の鎖を纏おうとしたら、現れたラシードとハリルに攫われてしまう。神官と召使いは慌てて追いかけてきたが諦めたようだ。
ふたりに抱き上げられたセナは、王の受胎の室にある寝台に横たえられる。天井の鏡を見上げれば、寝台には一糸纏わぬ神の贄が驚いた表情を浮かべていた。
ラシードとハリルは身に纏っていたガウンと腰布をそれぞれ脱ぎ捨てる。ふたりの強靱な肉体が露わにされた。
「あの……おひとりずつの受胎の室を僕が訪れるのでは……ないのですか?」
まさか、という思いは不安よりも期待を呼び起こす。ラシードは優しく微笑んだ。
「今宵は特別だ。私とハリルが同時にセナを抱いて、どちらがより愛しているのか確かめようという運びになったのだ」
「他の男に抱かれてるのを歯噛みしながら待つのは性に合わないからな。俺たちの精でたっぷり満足させてやるから、安心して寝そべってろ」
「で、でも……あっ、ん、ふ……」
押し倒されて、まずはラシードの甘い口づけを受ける。唇を啄まれてから、ぬるりと舌を挿し入れられて優しく歯列をなぞられる。熱くて濡れた舌に敏感な粘膜を撫で上げられ、それだけでもう体の熱はじわりと上がっていく。
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