第3話

 フジサワミズキ。どんなふうに書くんやっけ。藤沢水樹。藤澤瑞樹。藤沢瑞貴。藤澤水輝。あるいは、Fujisawa mizuki。スマホで調べた検索結果の中に、該当事項は何もない。

 水野ゆり子。中学の陸上部の大会記録が出てくる。どれも地区大会の準優勝ばかりで、大して面白くもない。まぎれもない私の名前。

 指を滑らせて、次は青いアイコンへ。その次のアイコンへ。まだ指は鋭く動く。

 こんなにもあの名前を検索してしまう。

 あの子みたいな人間は、どこにもおらん。でもいま、目の前にいる。こいつって、ほんとうにほんものなん? 私とおんなじパーツでできてるんか?

 駅のホームの屋根のあるところには、ぎっしりと人間が詰まっている。傘をさしているのは私たちだけ。私がこんな惨めなところにいるなんて、絶対に適うはずがない。

 電車の最後尾が、わずかに離れたところに停まり、私たちは仕方がなく歩いた。フジサワは「森の中にハートの欠片を探しに行く」と言い、私は「急にボケ多いねん。分けろや」と言ったが、フジサワは素面のままだった。なんとなく、面白そうだったので、私もついていくことにした。しかし、ついさっき、急に電車賃が二百円しかないとフジサワはいった。

「おまえ、頭ほんま悪いな。なぁ、電車降りたら、切符なくしたっていうんやで。駅員にさ。そしたら、あの人ら、どこから乘ったのって訊いてくるから、森の近くの駅からって言いや。ほんなら安く通してくれるからな」

「そんなん違法やん。」

「ルール破るくらい、あんたできへんの?」

「え、じゃあ、水野は?」

「電車賃無い奴と行かんわ」

「あの森の、最寄の駅名ってなんやっけ」

「おまえ、ほんまにアホやな。せやから友達おらんねん」

「おる」と私を指さした。

「は、きついわ。友達とか、ないない。お前おもろいから、ちょっといじったっただけやん」

「友達ちゃうん」

「ないわ」

「じゃあ、もうええってことやな」

「何が?」

 私が駅名を告げると、フジサワはこくんと頷いた。

 なんか、このシーン、見たことあるなって思った。よくあるドラマのワンシーンみたいやな。せやけど、私らよりも、もっと爽やかなやつ。希望とか、光とか、次につながるような世界を描いていて……なんかくっさいなぁ。

 発車のメロディーが鳴って、私は一歩後ろへ退いた。傘の先がドアに挟まれそうになる。私はもう一歩、後ろへ退こうとすると、フジサワは私の傘をぬっと伸ばした手で捕まえて、傘ごと私を車内に引きずり込んだ。

「え、待って、なんなん」

「友達やないんやろ」

 私はホームに戻ろうとしたが、ドアが閉まってしまった。背中に固い板の感覚があり、目の前にはフジサワの長いまつ毛がある。フジサワの瞳は茶色い斑点が張り付いていて、綺麗な模様のシールみたいだ。思わず、はがしたくなって、手を伸ばす。上手くとれたら、まるいビー玉が私を見つけるかもしれない。

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