届けたい思い

 その重く響く声が、わたしの心を震わせた。


「えっ、誰、誰なの?」


 慌てて周りを見回したけれど、目に入るのは戦闘服を着た男の人たちだけ。彼らの声じゃない。頭の中で、まるで反響しているように感じられた。


 いいわけないじゃない……そんなの絶対だめ……。


 瞬間的に反抗の念が湧き上がると、また声が聞こえた。



 わたしにできること……?



 届けるって、なにを……?


 言葉はそこで途切れてしまったけれど、その言葉に触発されるように、わたしの胸の奥にぽんっと小さな灯火がともるのを感じた。無力感が徐々に薄れていくと、代わりに自分の中に眠っていた何かが目覚めていくのを感じた。


 心の奥底で眠っていた感情や決意が目を覚まし、まるで一つの強い意志が湧き上がるようだった。自分の身に起こっている恐れや迷いから解放され、行動を起こす決意を持った新しい自分へと変わっていく感覚が、わたしを包み込む。


 このままでいいのか……?


 ふと、頭に浮かんだのは弓鶴くんのどこか寂しげな表情……。


 それが、わたしを動かすための鍵だった。


 その時、これまでの自分にはない強い決意が生まれ、無力感に苛まれていた自分を捨て去るように、止めなければならないという思いが強くなった。彼を、弓鶴くんを救うために、何かをしなければと願った。


 目を閉じて深呼吸する。胸の中で高鳴る鼓動を感じながら、少しずつ自分を奮い立たせる。心の中で芽生えた意志は、力強く、確かなものだった。もう後ろには下がらない。行動しなければ、彼は救えない。


 藤堂さんの指示とそれに応える男の人たちの緊迫した声が飛び交う中、わたしは一歩を踏み出す。冷たい汗が背中を流れ落ちるが、それでも足は前へ進む。心の中の火が、強く、熱く燃え上がるのを感じた。


 弓鶴くんのために、わたしは立ち向かう。心に響く、わたしを救けようと叫んでくれた彼の声を忘れない。これは、わたしの意志だ。


 わたしはそこで思った。


 一年前のあの日、それまでのわたしは死んだ。ずっと悩んで、これからどう生きていけばいいのかわからなかった。でも、あの夢の場所にたどり着けたら、きっとなにかが変わる、なにかが見つかる……。これがその“何か”なの? だとしたら、もう無茶苦茶だね……でも、わたしは逃げたくないって思う。できることなんて、なにもないかもしれない。でも、それでも……。


 彼を止めたい。そのためなら、なんでもする覚悟がある。わたしは強い意志を抱いて、一歩前に進む決意をした。だから、恐怖を振り払って声を張り上げた。


「弓鶴くんっ、もうやめて!」


 その声は、虚しく響くだけだった。


「これじゃダメだ。わたしの声なんて届かない。もっと近くに行かなきゃ……」


 あの不思議な声が言った。「届ける」と。なら、わたしにできることは、彼に言葉を届けること。それくらいしかない。


 わたしは勇気を振り絞って、一歩ずつ前へと歩き始めた。無駄だとわかっていても、それがわたしにできる唯一のことだった。


「君、何をする気だ!? 無茶なことはやめなさい!!」


 藤堂さんがわたしの肩に手をかけ、止めようとした。でも、わたしはそれを意識せず、その手を振り払うこともなく、ただ進み続けた。まるで体が勝手に反応しているようだった。


「なっ、何だと……!?」


 なぜか藤堂さんの驚きが聞こえたけど、わたしの視界は弓鶴くんだけに集中していた。心が、極度に集中していく。それはまるで、※バイクトライアルでセクションに挑む前の感覚に似ていた。


 目の前にあるんだ。掴み取らなきゃ。繋がるまで、この手を伸ばし続けるんだ……。


 もしかしたら、これはわたしにとって、とても大切なことかもしれない。だから、弾かれたって諦めない。諦めたくない。


 そう思いながら歩き続けるわたしの前に、突然異変が起こった。視界が、すべて暗闇に覆われてしまったのだ。


「えっ……?」

 

 パニックになりかけたわたしの目の前に、暗闇の中で白い靄に包まれた人影が浮かび上がった。


「弓鶴くん、なの?」


 それは彼なのだと信じられた。理由はわからないけれど、わたしはそれを信じて、前に進むしかなかった。


 その人影が徐々に形を整えていく。白い靄の中から浮かび上がる彼の姿は、どこか遠く感じられるけれど、同時に近くもあった。

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