第60話

「そんな……私は罪人です。貴妃だなんて、とても務まりません」

「蘭妃は死んだのだ。それにより、罪は赦された。そなたには新たな名を与えよう」

「紫蓮……私を、許すというのですか?」

「許す」

 紫蓮は明確に言いきった。

 許されてもよいのだろうか。せめて、子を産むまでということだろうか。

 それでもよかった。ほんの少しでも長く、紫蓮のそばにいたいから。

 雪花の胸に感激が広がる。

 だが、封号を了承するには、いくつかの懸念があった。

 雪花の罪は独断のものではないのである。蘭家とのつながりは、まだ切れたとは言えないのだ。

「あの、蘭家のことですが――」

 そう言うと、紫蓮は素早く手を上げて遮った。

 張青磁が豪華な料理の盛られた皿を持ってきたからだ。

 皇帝の側近とはいえ、宦官の前で繊細な話をするわけにもいかないだろう。

「それについては、あとで話そう。まずは食事をしようか」

「そうですね」

 美味しそうな料理を前に、お腹が空いてきた。

 数々の皿はどの料理も、紫蓮と雪花のふたり分が並べられている。

 つまり、おそろいということだ。

 そんなところに雪花は紫蓮とふたりでいるのだと感じて嬉しくなる。

 箸を持ち、皿に伸ばしたそのとき。

 紫蓮の鋭い声が飛ぶ。

「待て。毒味をしよう」

 カチャリと、給仕をしていた張青磁の皿が鳴った。

 張青磁は慇懃に対応する。

「陛下の皿の毒味は済んでおります。ですがもう一度ということでしたら、毒味役をここへ……」

「俺の皿ではない。雪花の皿の毒味をしろと言っている」

「……ですが、妃嬪の皿まで毒味をするのは、本来は……」

「できない理由でもあるのか? 張青磁、そなたに毒味をしてもらおう」

 命じられた張青磁は、にわかに震えだした。

 彼の持っている皿が、ガタガタと揺れている。

 その衝撃で、料理がボトボトと床に落ちた。

 紫蓮は険しい双眸で張青磁を睨み据えた。

「内通者は、おまえか」

「えっ⁉」

 雪花は驚いた。

 内通者は栄貴妃だと思っていたからだ。

 だが彼女は内通者と認めたわけでもなく、証拠もない。

 それによく考えてみると、雪花が皇帝暗殺を果たすためには夜伽をする必要があるのに、栄貴妃はそれを必死に阻もうとしていた。内通者ならば、むしろ夜伽を推奨するはずである。

 張青磁は雪花が答応のとき、馬車に同乗していた。そして火事が起こり、懸命に対処してくれたのだ。夜伽が邪魔されないよう。

 紫蓮の指摘に、張青磁はたじろいだ。

「な……なんのことでございましょう」

「そなたの出自を調べさせてもらったが、蘭家の遠縁だそうだな。だが養子に入ったので、そうとはわからず、そなたはそれを隠していた」

「そ、それは、隠していたわけでは……遠縁というのなら、侍女の鈴明だってそうではありませんか」

「確かに。だが、薬局で薬師に金を渡し、度々毒薬を調達していたのはどういうわけだ?」

 張青磁は黙り込んだ。

 薬局の帳簿に彼の名前があったが、不正に毒薬を入手していたようだ。

「なんのことやら……わかりません」

「薬師は口を割ったぞ。張青磁に金を掴まされて、数々の毒薬を渡したとな。毎日少しずつ料理に混入させるくらいの量というではないか。答応の膳房の監督は、そなただったな。雪花の椀にだけ密かに毒を混入させることは、そなたなら可能だ」

「うう……それこそ侍女の仕業ではございませんか? もっとよくお調べになってください」

「まだある。朝礼の毒茶事件だが、誤って毒を混入したと吐いた宦官は、張青磁に金を渡されて虚偽の申告をしたと告白した」

 ガチャン、と張青磁は皿を取り落とした。

 彼の罪が次々に明らかになる。

 言われてみると、朝礼の監督は張青磁だった。

 妃に昇格してから食事に毒が混入されなくなったのは、特定の妃嬪の膳房に毎回張青磁が顔を出すわけにはいかなかったからなのだ。

 だから彼は手口を変えて、雪花の毒が薄れないよう、朝礼のお茶に毒を忍ばせたのだろう。

 皿を落とした張青磁は頭を抱えた。

 彼は突然絶叫する。

「あああああああ! あの新人め、あんなに金を渡したのに、吐きやがった!」

 紫蓮は席を立った。

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