第55話
だが、雪花の見た目を考えると、白髪で真紅の瞳なのは毒の作用によるものとも思える。
廷尉が話を引き継いだ。
「ちょうど、冷宮送りになってから毒が薄れたのではないかと思われます。私も確認しましたが、蘭妃の唇は以前は真紅でしたが、今は通常の色になっています。服毒をやめたことにより、毒が抜けたのではないかというのが、侍医との一致した意見です」
「そうすると、後宮入りしてからも、服毒を続けていたということか。いったいどこから猛毒を調達したのだ」
何者かが彼女に服毒させ、皇帝暗殺を謀ったのだと思われる。
雪花がひとりで成し遂げられることではないだろう。
「ただいま薬局を調査中です。それから、朝礼で妃嬪が毒を飲まされた事件についても再調査しています。――それと、蘭妃にも関係のあることなのですが……」
廷尉は一呼吸置いた。
紫蓮は続きを促す。
「話せ」
「蘭氏を頭領とした反乱軍が動きを見せています。頭領は蘭妃の父親です。ご存じの通り、前王朝の末裔で、玉座を取り戻す大義名分を掲げているという報告が地方より上がっています」
「……なるほどな」
これで、つながった。
やはり雪花は傀儡だったのだ。父親に脅されて、皇帝暗殺の密命を負ったが、果たせなかったのだと思われる。
――接吻を拒んだ。
あれは紫蓮の命を守るためだったのだ。接吻していたら、紫蓮の命はなかったかもしれない。
「すぐに反乱軍を鎮圧し、頭領を捕縛しろ。俺が将軍に直に命じる」
「御意にございます」
紫蓮は寝台から足を下ろした。
伏せっている間に事態は大きく動いている。呑気にしてはいられなかった。まずは反乱軍の情勢を確認する必要がある。
だがその前に、大切なことを知らねばならなかった。
紫蓮は侍医に初めの質問をした。
「さて……侍医よ。蘭妃の容態はどうなのだ?」
「彼女が倒れたのは毒とは関係のないところでして……」
「栄養失調か?」
「それもありますが……」
咳払いをした侍医は、まっすぐに紫蓮の顔を見て告げた。
「蘭妃は懐妊しております」
「なに⁉」
「妊娠初期のつわりです。通常は暖かくして栄養のあるものを食べていれば問題ありませんが、冷宮の環境では母体にも、胎児の発育にも著しく弊害がございます」
「すぐに冷宮へ行く!」
紫蓮は立ち上がり、寝所から出た。
寝巻で堂々と外へ出ようとする皇帝に、宦官たちは慌ててそばに駆け寄り、外套を肩にかける。
漆黒の外套を翻した紫蓮は永安宮の敷居を跨いだ。
すると、宮の脇で盆を携えていた侍女が膝をつく。
彼女の顔にはもちろん見覚えがある。
雪花の侍女の鈴明だ。彼女は蘭家の遠縁である。すなわち、雪花のもっとも身近にいて、服毒させられる人物だ。
「陛下にご挨拶いたします」
「鈴明か。そなたにはいろいろと聞きたいことがある。――廷尉よ、この侍女を捕縛せよ!」
廷尉と宦官が、鈴明を取り囲んだ。
だが彼女はいっさい顔色を変えない。
それどころか冷静に紫蓮を見上げた。
「その前に、ぜひ陛下に見ていただきたいものがございます」
「なんだ?」
「わたしの持っている、この盆にのっているものです」
鈴明の手にした盆には、白い布がかけられていた。
中身は香炉のような大きさの陶器と思われるが――
紫蓮は自らの手で、白布を取り払った。
◆
ぼんやりと灰色の天井を見ていた雪花は、つうと眦から一筋の涙をこぼした。
数日前、突然嘔吐して意識を失い、侍医が呼ばれて診察された。「栄養失調によるもの」という診断だったが、それも冷宮暮らしでは仕方のないことだった。
以来、具合が悪く吐き気がするので、ほぼ寝台に伏せるようになってしまった。
このまま、ここで朽ち果てるのだろうか。
不遇の運命であることはわかっていたはず。しかも、紫蓮が病に倒れたのは雪花のせいにほかならない。
わかっているのに、心細くて涙がこぼれてしまう。
「紫蓮……せめて、無事でいてください……」
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