第47話
「トリカブトの塊根である附子は、毒性を薄めるために修治と称される加熱処理を行うのです。ですが、その調整には専門的知識が必要です。附子は麻黄附子細辛湯の原料ですので、虚弱な人に最適なのです。発散作用を促し、病気を追い出します」
修治の済んでいない附子は毒性が強く、大変危険な毒物だ。
雪花が普段から服用させられている附子は、加熱処理がなされていない状態である。
もしかして……と雪花は思い当たる。
雪花の食事に混ぜていた附子は、この薬草園から入手したものも含まれているのではないだろうか。砒素については別だろうけれど、すべての毒を外部から確保するのは難しいだろう。
薬師なら、こっそり附子を懐に入れることはできる。だが、そのまま膳房に行ったり、まして朝礼に顔を出して宦官に混ざることは不可能だ。
薬師が修治のされていない附子を、密かに誰かに渡しているのでしょうか……?
雪花は一計を講じた。
「気になることがあるのです。薬局を訪れた人の名前を記した帳簿がありますよね。それを見せてください」
「はい。蘭妃様のご命令でしたら、すぐに」
薬師は快く帳簿を見せてくれた。
ぱらりと紙を捲ると、そこには雪花の見知った者の名があった。
栄貴妃、そして張青磁――
実際に受け取りに訪れたのは侍女や部下かもしれないが、主の名がきちんと書かれている。彼らが受け取ったのは附子ではなく、一般的な薬なのだが、薬局に用があったのは間違いない。
帳面に目を注ぐ雪花に、薬師はつと言った。
「先日は陛下もいらっしゃいまして、蘭妃様と同じように帳簿を見せるようにと言われましたよ。やはり、朝礼の事件について調べていらっしゃるのですか?」
「ええ、まあ……陛下もこの帳簿を見たのですね?」
「はい。蘭妃様と同じ頁で目をとめていました。ちょうど、そこです」
雪花は、ごくりと息を呑んだ。そこには栄貴妃と張青磁の名が記されている。正確には張青磁の名が複数あり、栄貴妃は直近に一度だ。
紫蓮はなにかに気付いたのだろうか。けれど、朝礼の事件とは違う目的で雪花は調べているのだが。
嘆息した薬師は肩を竦める。
「薬局にも廷尉が来て調査しましたがね。朝礼で妃嬪が飲んだ毒は、砒素だとか。あれは鉱物ですから、薬草とは異なる分類ですよ。わたしどもまで疑われて困りました」
「そうですか……私は薬師の方々を疑っているわけではないのですが、薬について無知なので、詳しく知りたいと思ったのです」
「ええ、もちろんですとも。それでは薬に関した書をお貸ししましょうか? 入門書から専門書まで取り揃えております」
「ぜひ。興味があります」
雪花は帳簿を閉じて、薬師に返した。代わりに、薬についての書を数冊ほど借りる。
薬局を出ると、整然と樹木の立ち並ぶ薬草園が目に入った。
叶うならば、雪花は薬師になって誰かを救いたいと心に願った。
薬局を訪れた雪花は、その日から宮にこもって薬草の書を読みふけった。
そして数日後、ついに、その日は訪れた。
喜色を浮かべて清華宮へ戻ってきた蘇周文が、雪花に拱手する。
「お喜びください、蘭妃様。陛下は今宵の夜伽に、蘭妃様をご指名されました」
そばにいた鈴明が嬉しそうに微笑んでいる。
雪花は夜伽の指名を、冷静に受けとめられた。
「……光栄です。それでは、支度をしましょう」
深く礼をした蘇周文と鈴明は、さっそく準備に取りかかった。
皇帝の夜伽を務めるには沐浴を済ませ、夜伽用の服に着替える必要があるが、侍女たちが準備をするまで雪花にできることはなにもない。
侍女たちが寝具を整えているのを横に見て、雪花の心はわずかに揺らいだ。
だがその隙を突くかのように、誰かが清華宮を訪問してきた。
玄関に出て対応した鈴明は戻ってくると、困惑を浮かべて雪花へ告げる。
「栄貴妃がいらしてます。雪花様に、お話しがあるとか。……どういたしましょうか?」
なんの用だろう。栄貴妃の謹慎は未だに解かれていないはずである。
大切な夜伽の前でもあるので、鈴明は迷惑そうに眉を寄せていた。
だが栄貴妃が上位の妃嬪であることに変わりはないので、追い返すわけにもいかない。
「お呼びしてください」
「わかりました」
礼をした鈴明が玄関へ戻ると、栄貴妃はすぐに部屋へ入ってきた。
まるで自分が宮の主であるかのように、堂々としている。
「あら、蘭答応。病気で伏せっていたそうだけれど、具合はどうかしら? そんなに青白い顔で、今夜の夜伽はできるの?」
「蘭妃です。栄貴妃様はお耳が早いですね」
雪花が寝込んでいたことも、夜伽のことも知っているというのに、昇格したのを知らないわけがない。彼女はあえて『蘭答応』と、以前の階級で呼んだのだ。
拝礼しない雪花に、栄貴妃は眉を跳ね上げる。
上級妃嬪同士は、たとえ相手が上位であっても普段は拝礼する義務がない。雪花はもはや、答応ではないので当然だ。
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