第46話
焦った様子で紫蓮に手を差し伸べられる。彼の手を借りて立ち上がると、寝台に導かれた。そこにふたりは並んで腰を下ろす。雪花の腰には、しっかりと紫蓮が手を回していた。
「心配していたぞ。体調はどうだ?」
「もう回復しました。紫蓮が持ってきてくださった薬草のおかげです」
「そうか、よかった」
紫蓮にそっと、額に手を当てられる。彼の大きなてのひらに覆われると、雪花の唇から安堵の息がこぼれた。
「うむ。熱はないようだな。心労が多かったのだろう」
「……そうですね。朝礼でのことは……驚きました」
「事件は解決した。そなたになにもなくてよかった。今後は朝礼での飲食はすべて禁止としたので、今回のようなことは二度とないから安心してほしい」
「はい……」
居たたまれなくなり、雪花はうつむく。
真相はまだ解明されていないのだが、それを打ち明けるわけにもいかなかった。
茶の毒は、父からの警告だったのかもしれない。
雪花が密命を果たさなければ、ほかの者に害が及ぶということを示したのだ。
もし紫蓮が暗殺されて、瑞王朝が転覆する事態になれば、後宮の妃嬪たちはすべて不要になる。雪花の父にとって、妃嬪たちの命など虫けらに等しいのだろう。
私が紫蓮を殺さなければ、みんなの命が危険に晒される……
もはや残された時間は少ないのかもしれない。
せめて内通者が誰なのかわかれば、まだなんらかの対策は練られると思うのだけれど。
考え込む雪花に、紫蓮は眉根を寄せた。
「朝礼が心配か? 落ち着くまで、そなたは参加せずともよい」
「あ……いえ、そういうわけではないのです」
「では、なにがそなたの顔を曇らせているのだ? そなたは俺といるとき、ふとほかのことを考えている」
「……それは……」
答えられなかった。
雪花の胸中に不安の種があることを、紫蓮には見透かされている。
それは、彼が真実に辿り着くのも時間の問題であることを表していた。
懊悩する雪花をじっと見た紫蓮は、表情を引きしめる。
「雪花。そなたに夜伽を命じる」
突然の夜伽の指名に、雪花はびくりと肩を跳ねさせた。
その衝撃は当然、腰を抱いている紫蓮にも伝わっている。
光栄です、と言わなければならない。
けれど雪花には是非とも答えられなかった。喉に澱のようなものが痞えて、声が絞り出せない。
浅く息を継いだ雪花は、ようやく震える声で言った。
「あの……今夜、ですか? もう少し体調が回復してからではいけませんか?」
「もちろん、今夜でなくてよい。無理をさせるつもりはない。近いうちに札を選ぶ」
皇帝の夜伽は、妃嬪の名が記された札の中からひとつを選ぶことで指名するきまりがある。紫蓮は毎日、その札選びを拒否しているということなのだ。
もう逃げられない。
密命を果たすときがやってきたのだ。
雪花は、とある覚悟を決めた。
胸に秘めた想いを叶えるべく、まっすぐに紫蓮を見上げる。
「嬉しいです。私は、紫蓮と、結ばれたかったのです」
それだけは、迷いのない本心だった。
紫蓮は愛しいものを見るように目を細めると、ぎゅっと雪花を抱きしめた。
「俺もだ。俺は、そなた以外の妃嬪を夜伽に呼ばぬ。そなたは最初で最後の、耀嗣帝の寵妃になるのだ」
こんなに愛されて、幸せだった。
だがこの幸せは、薄氷のごとく脆く、儚い。
雪花は体に回された紫蓮の腕に、そっと手を添えた。彼の体温を、死してなお忘れないように、体に刻みつけた。
夜伽の指名があるまでは、時間があった。
雪花は後宮の薬草園へ足を運んだ。
紫蓮が届けてくれた薬草のことを、もっと知りたかったから。それに、服毒を続けているにもかかわらず、薬のことはなにも知らないのもどうかと思った。ほかにも気になることがあったのだ。
広大な薬草園の隣には薬局があり、そこでは複数の薬師が勤めている。
蘭妃の来訪に、薬師たちは礼をして、丁寧に薬について解説してくれた。
「陛下が蘭妃様に贈った薬は、こちらの麻黄湯でございます。体を温め発汗を促すことで、寒気や発熱、体の節々が痛む症状を改善します」
乾燥させた焦茶色の葉は、お茶として煎じると薬になる。
薬局には天井まで届くほど高い棚が壁一面に設置されており、小さな引き出しが無数についていた。このひとつひとつに、様々な種類の薬草が保管されているのだ。
「そうですか。麻黄湯は風邪の症状に効く代表的な薬ですものね。……それにしてもここには、たくさんの薬草が保管されているのですね。もしかして、附子などもあるのでしょうか」
「ございますよ。もちろん、修治は済んでおります」
「修治……ですか?」
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