第41話

 すべて紫蓮からの特別な贈り物である。妃に昇進した祝いの品ということらしかった。

 高価な服と靴で飾ると、雪花の髪は銀の雪のごとく光り輝き、真紅の唇は咲き誇る薔薇の花弁のように美しく見えた。

 ほう、と吐息をこぼした鈴明は微笑みを向ける。

「とてもお美しいですわ。ご寵愛によって、雪花様はますます美しくなられました。まるで雪の精のようです」

 そこにいた侍女と宦官たちが、朗らかな笑い声をあげる。雪花も仕方なく微苦笑を見せた。

 雪花の胸中は複雑である。

 みんなが喜んでくれることは嬉しいが、いつまた夜伽の指名があるかと考えると、憂鬱だ。

 鈴明に意見を聞きたいが、今は周囲に人がたくさんいるので、それとなく相談するわけにもいかない。

 飾り立てられた人形のごとく黙って座していると、そこへひとりの妃嬪が現れた。

「雪花! ……あっ、今はもう蘭妃ね」

 良答応だ。

 彼女も以前の衣装とは異なり、刺繍の多い旗服を着て、結い上げた髪を装飾のついた帽子にまとめている。

 彼女は雪花の足元に拝礼した。

「ありがとう。雪花のおかげで、あたしも昇格できたの。嬪に封号されたわ!」

 雪花が寂しくないよう、紫蓮が仲の良い答応を昇格させると言っていたのを実行してくれたのだ。嬪に封じられれば宮持ちとなり、良嬪として雪花のそばにいてもらえる。

 雪花は慌てて跪く良答応改め、良嬪に手を差し伸べた。

「拝礼はやめてください。これからも変わらず、私と仲良くしてくださいね」

「もちろんよ。雪花は恩人だわ。なんたって、美味しいものを食べて昼寝できる宮持ちにしてもらえたんですもの!」

「私の功績ではありませんよ。陛下がとりなしてくれたんです」

「またまた。そういう謙虚なところも、陛下は虜になったんでしょうけどね。宮持ちになったら、陛下はいつでも気兼ねなく来れるでしょ? この間の夜伽は残念だったけど、またすぐにご指名されるわね」

 そう言って屈託ない笑みを見せた良嬪は、帽子についた房飾りを揺らした。

「……そうかも……しれませんね」

 曖昧に頷いた雪花は、内心でひやりとする。

 次の夜伽についての話はない。紫蓮はなにも言っていなかった。

 良嬪は控えていた蘇周文に問いかける。

「ねえ、蘇周文。陛下からは夜伽のご指名はないの?」

「良嬪にはございません」

「そんなことわかってるわよ! ぼや騒ぎで中止になった雪花の夜伽は、いつやり直すかって聞いてるのよ」

 怒ったふりをしながらも、良嬪は笑顔だ。それを受けて朗らかに微笑んだ蘇周文は丁寧に述べる。

「陛下のお心次第です。……が、今は宮廷のことでお忙しいので、少々間を開けるかもしれません」

 火事騒ぎの後始末もあるだろうし、雪花を不吉だとする重臣を押さえる意味でも、期間を置くらしい。

 夜伽が、永遠になければいいのに……

 紫蓮との淡い初恋のままの関係が、ずっと続けばいい。

 けれど雪花は自分の胸に問いかける。

 紫蓮とは結ばれない運命だけれど、それは私の本心なのでしょうか……?

 そうしたいと雪花が願ったわけではない。皇帝暗殺の密命は、蘭家の悲願なのだ。その蘭家の娘として生まれたからには、両親の願いを叶えなければならない。

 皇帝を殺害するなど重罪だが、親に背くこともまた重罪である。

 完全に板挟みになった雪花は身動きがとれない。

 でも、自分の願いが叶うならば……紫蓮を殺したくない。そして、彼と結ばれたい。

 紫蓮のことが、好きだから。

 そのような身勝手な願いが紫蓮に届くはずもないし、まして叶うわけがないのだけれど。

 紫蓮は雪花をどう思っているのだろうか。

 好意を寄せてくれるとは感じるが、果たしてそれは本気で好きだからなのか。それとも宮廷や後宮の権力争いなどにより、雪花を上級妃嬪に据える必要が出ただとか、そういうことなのだろうか。

 彼は雪花を優遇してくれるが、それは初恋を叶えたいだけと言えなくはないか。

 紫蓮を疑いたくなどないのに、疑念を覚えてしまう自分がいる。相手の気持ちを疑う資格など雪花にはないのに、そんな自分が嫌になった。

 恋心は楽しいだけではなかった。紫蓮に会っているときは心が浮き立つのに、会えないときは、どんどん不安に陥ってしまう。

 たとえ紫蓮がどのような想いで雪花に接しているのだとしても、それを批判することなどできはしなかった。

 雪花は、あの頃の無垢なままの雪花ではない。毒の娘として、暗殺者になってしまったのだ。そして愛する人を殺そうとしている。

 決して結ばれない――

 それがこの恋の命運なのだ。

 表情を強張らせる雪花を、良嬪は励ました。

「大丈夫だって! 陛下は忙しいだけなんだから、またすぐに夜伽の指名はあるわよ」

「え、ええ……そうですね」

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