第30話

 自分の行いを悔いてくれたのとは、少し違ったのですね……

 残念ではあるが、それも後宮で生き抜くための術であるといえる。雪花だって、紫蓮と知り合いでなければ、今頃は栄貴妃の命令で百叩きにされていたかもしれないのだ。

 得意になる良答応を、雪花は諫めた。

「あの、良答応もみなさんも、誤解しないでください。私は昇格するわけではないのです。紫蓮は……陛下は、皇子だったときに私と知り合いになったよしみで助けてくれただけなのです」

「それで終わるわけないじゃない。陛下の膝にのるなんて、雪花は天下を取ったも同然よ! 絶対に夜伽に指名されるわ。それで寵妃になったりして」

 キャア、と答応たちは華やかな声をあげる。

 みんなは自分のことのように盛り上がっているのだが、雪花は気が重い。

 皇帝とその妃嬪ならば、なんの障害もなく結ばれて然るべきと思うかもしれない。

 だが雪花には独自の事情があった。

 紫蓮が耀嗣帝ということは、雪花が毒のくちづけによって暗殺すべきなのは紫蓮なのである。

 まさか、紫蓮が殺す運命の相手だったなんて――

 彼が宦官だったなら、どんなに平穏だったろう。

 どうか、夜伽に指名しないでほしい。

 皇帝の閨に行ったなら、そのとき雪花は毒の接吻で紫蓮を殺すことになる。

 賑やかな答応たちとは裏腹に、雪花はこのままなにもなく過ぎることを願った。

 だがそのとき、部屋の前に蘇周文がやって来る。

「おや、賑やかですね。みなさまの期待している伝令を、わたしは持ってきたようです」

 はっ……とした雪花は息を止める。

 答応たちは期待に目を輝かせた。

 一瞬の沈黙のあと、蘇周文は頬を綻ばせて告げる。

「お喜びください。蘭答応は今宵、陛下の夜伽に指名されました」

 驚喜の声の中、雪花は意識が遠のくのを感じた。

 すべてが暗闇に呑み込まれていく。

 ひとり闇の中に、雪花はぽつんと佇んでいるようだった。

 皇帝暗殺の密命がある限り、どこまでも孤独なのだと、雪花は知った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る