第26話
ささやかな贈り物だけれど、そこに紫蓮の真心を感じ取った雪花の心は綻んだ。
「ありがとう、とお伝えください」
「かしこまりました。――それでは、お支度も調ったようですし、庭園へ参りましょう」
「ええ、そうですね」
雪花はもみじを挟んだ手紙を大切に懐にしまった。
蘇周文に先導され、鈴明とともに居室を出て、庭園へ向かう。
ほかの答応たちも続々と園遊会の行われる庭園を目指し、列を成していた。
園遊会にはすべての妃嬪が参加するしきたりなのだ。もちろん皇帝も訪れるので、皇帝の目に留まれば昇格することもあり得るとあって、答応たちは気合いを入れて化粧を施している。
雪花の後方にいた答応たちから、くすくすと笑い声が聞こえてきた。
「ほら、園遊会で恥を掻かされるのはあの娘よ。白髪だから目立つわね」
「栄貴妃のご指名だもの。せいぜい下手な演奏をして、栄貴妃を喜ばせればいいんだわ」
ほかの者も、やはり雪花が恥を掻かされるために指名されたと思っているようだ。
けれど、紫蓮とあんなに練習したのだから、せめて下手と思われない程度には成長していると思いたい。
もしかしたら、紫蓮も園遊会に来るかもしれない。
そうだとしたらなおさら、惨めな姿を見せるわけにはいかない。
気持ちを奮い立たせた雪花の隣に、良答応がやって来た。
彼女は雪花を笑いものにしていた答応たちを、ぎろりと睨む。
「機会すらもらえない下っ端が烏のようにうるさいわね」
ぎょっとした雪花は思わず良答応の腕に手を添えた。
「良答応、喧嘩をしないでください。私はなにを言われても平気ですから」
「雪花はおっとりしすぎなの! あんな人たちに言わせておかなくていいわよ」
味方になってくれる良答応が心強い。
悪口を言っていた答応たちは「なによ。自分こそ、ただの答応のくせに……」と、こそこそ文句を言うが、面と向かってくるつもりはないらしい。明確な意思表示をしたいわけではなく、雪花を笑い話の種にしたいだけなのだろう。
「ところで、どうなのよ。琴の腕は上達したの?」
問いかける良答応に、雪花はゆるゆると頷いた。
「そこそこ……だと思います。たくさん練習しましたし、信頼のおける方に指導してもらいましたから」
「期待してるわよ。もし雪花が陛下に気に入られたら、妃に昇格するかも。そうしたら宮持ちよ。ねえ、あたしも側付きの友人として嬪にしてよ」
「期待しすぎですよ……そんなにうまくいくわけありません」
「そうかしら。機会って、思わぬところから舞い込んでくるものよ」
雪花が皇帝の目に留まり、昇格するわけがない。そのような卓越した奏者ではないのだ。それに白髪と真紅の目の色が、気味が悪いと煙たがられるかもしれない。
そうだとしても、奏者に選ばれたのだから、与えられた役目をしっかりこなそう。
まずは緊張しないように気をつけないといけませんね……
雪花は深呼吸を繰り返しながら、庭園への道をほかの妃嬪たちとともに歩いていく。
やがて木々の隙間から、華やかなさざめきが聞こえてきた。
真紅の紅葉に染め上げられた樹木に合わせて、広大な庭園には緋の毛氈が敷かれている。毛氈には精緻な細工が施された黒檀の椅子がずらりと並べられ、着飾った妃嬪が腰を下ろしている。彼女たちのそばにある卓には白磁の茶器が置かれていた。
椅子に座って茶を飲みながら、紅葉を眺められるという優雅な場所だ。
ただし、椅子に座れるのはやはり上位の妃嬪のみである。貴人以下である雪花たちに椅子は用意されていないので、百名ほどの妃嬪たちは椅子の後方にずらりと並んだ。
朝礼と異なるのは、上座にふたつの席が設けられていることである。
中央に上等な彫り物が施された卓と紫檀の椅子が置かれている。その隣には、それよりは少し小ぶりな卓と椅子があった。
侍女が上級妃嬪の茶碗にお茶を注いでいる。ほのかに芳しい香りが流れてきた。
周囲には幾人もの宦官が控えているが、紫蓮の姿はない。彼は高位の宦官だろうから、この場には来ないのかもしれないし、もしかしたら皇帝に付き従っているのかもしれなかった。
ややあって、ひとりの宦官が後宮の主の来訪を告げる。
「栄貴妃さまの、おなりにございます」
その言葉を合図に、妃嬪たちはいっせいに跪いた。
もちろん椅子に座っている妃嬪も椅子から下りて膝をつく。
壮麗な姿をした妃嬪たちが頭を下げる中、栄貴妃は胸を張って堂々と現れた。
翡翠が縫い付けられた旗服は上等なものだが緑色なので、紅葉の景色ではちぐはぐに見える。彼女の大拉翅には数々の宝石と、肩下まで垂れている房飾りで華麗に装飾されていた。
栄貴妃は小さいほうの卓に向かい、椅子に腰かける。
「栄貴妃さまにご挨拶いたします」
「顔を上げよ」
「栄貴妃さまに感謝いたします」
朝礼と同じように、後宮の主に挨拶する。
拝礼を解いた雪花たちは立ち上がり、元通りに姿勢を正した。
どうやら中央の席は、皇帝が座る場所らしい。
栄貴妃は皇后ではないが、妃嬪の中ではもっとも格上なので、皇帝の隣に席が設けられているのだ。
隣の良答応が雪花に囁く。
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