第13話

 継母を黙らせる紫蓮は何者だろう。

 蘭家の遠縁の子息なのだろうか。そういえば彼の服装は、上等な長袍だ。

 継母が退出するのを見ていた紫蓮だが、再び雪花に顔を向けたときの彼は、先ほどと同じく微笑を浮かべていた。

「白髪ということは、雪花は陽の光に弱いのか?」

「あ……いえ、これは、その……生まれつきです」

「ふうん。そうなのか。じゃあ、外に出られないわけじゃないんだな」

「はい。外には出られます。学校にも通っています……」

 生まれつきの白髪だと、嘘をついてしまった。生まれたときから色素がなく、陽の光に当たれない病気かもしれないと、紫蓮は思ったのだろう。

 でもまさか、毒を摂取し続けているせいでこうなったとは打ち明けられない。誰にも言ってはいけないと父からきつく命じられているし、なにより毒の娘とわかったら、紫蓮に嫌われてしまう。

 雪花の外見に興味津々らしい紫蓮に、あまり家の事情を知られたくない。

 話題を変えようと、雪花は質問した。

「紫蓮は、蘭家の親戚なのですか?」

「親戚ではないけどな。俺は父上の命令で、蘭家を訪れたんだ」

「お父上の……紫蓮のお父様は、どんな人なのです?」

 父の命令で様子を見に来るということは、高級役人の子息だろうか。それならば彼の態度や服装に納得がいく。

 問いかけると、紫蓮はつと目を逸らした。

「父上は忙しい人なんだ。いつも召使いや部下に囲まれている。俺とはあまり話したことがないよ」

 父子の関係はあまりうまくいっていないようだ。雪花の父も、大切にしてくれる父親とは言いがたいので、なんとなくわかる。

 遠くを見た紫蓮は言葉を綴った。

「母上とは離れて暮らしている。幼い頃から、ほとんど会ったことがないんだ。母上は首都で生活しているから」

「そうなのですね。では、お母様が恋しいですよね」

 彼に共感した雪花がそう言うと、紫蓮は照れくさそうな笑みを見せた。

「雪花もな。お母様、とつぶやいていただろう?」

「はい……私のお母様は病気で亡くなってしまったのです」

「そうらしいな。さっきの蘭夫人は継母だな」

「どうして知っているのですか?」

 彼は今日初めてここへ来たのではないだろうか。

 不思議に思っていると、紫蓮は聡明そうな顔つきで顎を引いた。

「見ればわかる。雪花とは似ても似つかない。あのような夫人が家にいるのでは、うるさくてかなわないだろう」

 雪花は俯いた。継母が家にやって来た頃は仲良くしようと努力したこともあるのだが、食事に毒を入れられてからは、もはやそんな気もなくなった。憎しみのこもった目を向けられるほど悲しくなるので、継母にはなにを言われても逆らわないようにしている。

 黙り込んだ雪花に、紫蓮は明るい声をかけた。

「庭を散歩しよう。気晴らしになるぞ」

「はい」

 紫蓮に手を引かれた雪花は素直に腰を上げる。ふたりは自然に手をつないでいた。

 部屋を出て、裏庭へ向かったふたりは小道を歩く。

 木漏れ日が優しく降り注ぎ、鳥のさえずりが耳に届いた。

 雪花と手をつないだ紫蓮は空いたほうの手で、次々に樹木を指差す。

「あれはケヤキ、こちらのはイチョウ、それにギンモクセイだ」

「樹木の名前に詳しいのですね」

「講義で老師から教わった。名前を知っているだけで、興味はないんだ」

「興味がないのに、どうして私に教えてくれるのですか?」

「……ん。それはだな……」

 うっすらと頬を染めた紫蓮は黙り込む。

 紫蓮はいろいろなことを知っている。蘭家のことも、彼の父親から聞いたのか、知っていたようだ。

 知っているだけで興味がないのは、雪花に対しても同じだろうか。それとも彼は樹木にだけ興味がないのか。

 そんなことを考えていると、てのひらから伝わる紫蓮の体温に、なぜか鼓動がどきどきと高鳴るのを感じた。

 考えあぐねていた紫蓮は、ふとひとつの庭木に目を向ける。その木は細い葉を赤く染め、赤い実をたわわに実らせていた。

「これは興味があるぞ。南天だ」

「この赤い実はかわいらしいですよね。南天というのですね」

「うむ。赤い実の色は、雪花の瞳に似ている」

「えっ……」

 思わず紫蓮の顔を見た。

 なぜか紫蓮は南天から視線を剥がし、雪花の瞳をじっと見つめていた。

 それだけで雪花は恥ずかしくなり、かぁっと顔が赤くなってしまう。

「今までは樹木に興味がなかったが、南天は今、好きになった。雪花の瞳の色だからな」

「そ、そうですか……」

 秋の柔らかな陽射しが、幼いふたりを包み込んでいる。

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