第50話
「真由華さん。あなたも極道の女なら覚悟を決めて、詫びてちょうだい。それが筋というものでしょう」
背を丸めて辺りをうかがう彼女の姿には、これまでの面影はない。
唇を戦慄かせた真由華は重い足を繰り出し、私の立つ舞台前へ進んだ。
薬指からダイヤモンドの婚約指輪を外した彼女は、ぽいと床に放る。そして、全身の力が抜けたように、がくりと膝を折った。
「……申し訳ございませんでした」
床に額を擦りつけ、蚊の泣くような小さな声で謝罪を述べる。
けれどすぐに立ち上がると、着物の裾を乱しながら会場の外へ逃げていった。
放られた指輪を、貴臣は拾い上げる。
舞台に上がった彼は、私の手を掬い上げた。薬指に光り輝く指輪が戻される。
「極道の姐御らしい、凄みのある口上だったな」
「姐御になる覚悟ができたのも、堂本組のみんなと貴臣のおかげよ。それにこの計画が遂行されたのもね」
微笑みを交わし合い、婚約披露パーティーの成功を喜ぶ。
安堵の表情を見せた貴臣は、咳払いをひとつ零した。
「だがな……入院中の俺には、計画の全容が知らされていなかったようだが? ヤクの密談と襲撃の真実を暴くだけじゃなかったのか。葵衣が襲われて着物を切り刻まれただと? もしものことがあったらどうするつもりだ」
確かに彼らの不正行為を暴くための計画ではあったのだが、私と薬師神、咲夜と玲央の四人で作戦を練っていたので、入院中の貴臣にはそれとなく伝えるに留まったのだった。
蚊帳の外となってしまった貴臣に、薬師神は眼鏡のブリッジを押し上げて回答した。
「葵衣さんの身に危険が及ぶことはもちろん想定内でした。そうと知れば堂本さんは反対したでしょうから、説明を省きました。我々はいかなる事態にも備えておりまして、咲夜は葵衣さんの傍に忍んでおり、玲央は会場の音響及び照明を担当いたしました。その成果としては、ご覧のとおりであります」
「まったく……堂本組の若頭は優秀すぎて困りものだ」
貴臣が肩を竦めると、笑いが起こる。
私たちは賓客たちから、婚約を祝う言葉を次々にかけられたのだった。
ホテルの裏手にある搬入口に、白いバンがひっそりと停められている。
そこへ会長の部下たちに連行された牧島が乗り込もうとしていた。車からは真由華の泣きわめく声が聞こえてくる。彼らは会長のもとで、改めて事情を聞かれたのち、破門を言い渡されるだろう。
車に近づく貴臣に気づいた牧島は、ちらりとこちらに目を向けた。
最後に牧島と話したいという貴臣の意向を汲んだ私は、背後から彼らを見守る。
「貴臣、おまえの勝ちだ。破門されたらおまえの顔を二度と見なくて済むな。せいせいするぜ」
双眸を細めた貴臣は、静かに問いかけた。
「最後に聞いておきたいことがある。俺の父親を殺したのは、牧島なのか?」
「ずっと疑っていたよな……。本当に俺じゃない。先代の若頭が堂本を殺るっていうんで手伝うふりをして、事が終わったあと権左衛門に告げ口した。裏切り者と呼ばれようがなんでもいい。そうでもしないと出世できねえからな。お坊ちゃまの貴臣には、わからないことさ」
牧島の告白を信じるかのように、貴臣はひとつ頷いた。
そして長年の疑問が解消された礼を、彼は述べたのだった。
「おまえは薄汚いやつだ。最高の極道だったよ」
無表情を浮かべた牧島は顔を背けると、車に乗り込む。
彼らを乗せた車は寒風の中を走り出していった。
パーティーから帰宅すると、堂本家にて盛大な祝宴が開かれた。
私は堂本組の姐御としてみんなから持ち上げられ、恥ずかしながらも嬉しい思いでいっぱいだった。極道の姐御としてやっていこうという決意ができたのも、周りのみんなが支えてくれたおかげだ。それから、貴臣が襲撃を受けて入院したことも大きかった。
私は貴臣に守られてばかりだった。
でもこれからは、彼の傍で、堂本組をともに支えていきたいという想いが胸に湧いている。
愛する貴臣と同じ道を歩むため、私はもう迷わない。
盛り上がる堂本組のみんなを眺めつつ、そう決心していると、咲夜と玲央は祝杯を交わしながら作戦を振り返っていた。
「牧島たちがお嬢さんを傷つけようとしたら、すぐに飛び出そうと自分は身構えていました。椅子の陰に隠れていたんですけど、よく殺気が漏れなかったと思いますね」
「ちぇ。咲夜はお嬢さんを救出する役だもんな。俺なんか最後まで裏方だぞ。シャンデリアに写真入りのネットを仕掛けたり、レコーダーの音声を流すために音響の調整したり……前日に会場で作業した地味な努力をわかってほしいもんだよ。若頭は命令するだけだしな」
すぐ隣には薬師神がいるのだけれど、ふたりはかまわず話に花を咲かせる。
私はそれぞれの力を尽くしたことをねぎらった。
「みんな、ありがとう。薬師神から計画を提案されたときはどうなることかと思ったけれど、こうして無事に目的を達成できてよかったわ。がんばってくれたみんなのおかげよ」
舎弟たちが咲夜と玲央を囃し立て、祝宴の場が賑わう。
涼しい顔をしてグラスを傾けている薬師神の横で、貴臣は黙って盃を傾けていた。
どうやら、作戦の一部を知らされていなかったことに立腹しているようだ。
祝宴の初めは笑みを浮かべていた貴臣だったが、階段で真由華から突き落とされた話や、倉庫で着物を切り刻まれ、縛り上げられた詳細を私たちから聞くと、真顔になってしまった。
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