第49話
真由華は自らが刻んだ着物を唖然として見ている。
「着替える時間はないでしょうから、初めから着物を二枚、重ねて着ていたのよ」
「な、なんやて……?」
「あなたがたを驚かせてあげようと思ったの。私の演技は上手だったでしょう?」
牧島と真由華が結託して、私を倉庫に閉じ込め、婚約披露パーティーには真由華が許嫁として出席するという計画を私はすでに知っていた。その裏をかいたというわけである。
彼らに縛られて倉庫に鍵をかけられたとき、すでに倉庫内には咲夜が潜んで様子をうかがっていた。咲夜に縄を解いてもらうのと同時に、スペアキーを持った玲央が駆けつけ、その場で切り裂かれた着物を一枚脱いだのだ。
「でもね、これで終わりではないの。私からのプレゼントを受け取ったみなさんは、きっと驚いてくださるわ」
ぱちりと指を鳴らして合図を送る。
すると、ひらひらと天井からいくつもの紙が舞い降りてきた。
紙吹雪にしては大きなサイズのそれを、招待客が拾い上げる。
「なんだ、これは……写真か?」
そのとき、会場の照明が戻った。明かりのもとで写真を目にした人々は、口々にざわめく。
そこには、売人と取引を行っている最中の牧島が写されていた。さらに料亭の個室から出てくる牧島と真由華の姿が収められたものなど、複数の写真がある。
写真を取り上げた牧島は青ざめた。
「偽造だ! 写真はいくらでも合成できる。俺をはめようとする罠だ!」
吠える牧島は密談の証拠を認めようとしない。
私は会場の音響と照明を操作している玲央に向けて、ぱちりと指を鳴らした。
すぐさま会場内に、音声が流される。
『こっちはヤクの密輸ルートを持ってるんだ。売人を管理するのも手間がかかる。俺の取り分は七割だ』
『ええけどね。うちにとったらヤクのシノギなんて小遣い稼ぎやわ。それより肩持ってあげてんのやから、お父さんを次の連合会長に推すこと忘れんでよ。それから、あれも襲ってくれへん?』
明瞭に流れているのは、牧島と真由華の声だ。
これは料亭での密談を録音した内容である。
延々と流れるふたりの会話は、麻薬取引を共謀していることを明らかにしていた。
周囲に冷めた視線を向けられた真由華は青ざめて立ち竦む。
「これらは、あなたがたが共謀して麻薬取引を行っているという証拠の品々よ。密かに堂本組が掴んだの。連合では麻薬取引は破門よね。弁明したらいかが?」
悠々と私が述べると、うろたえた真由華は牧島を横目でうかがう。
はっとした牧島は、連合会長の前に走り寄った。
「会長、これは堂本組の陰謀です。俺は何も知りません」
現役の会長を差し置いて、次期連合会長についての密談を聞かされた会長は、涼しい顔でグラスを傾けた。
酒を飲み干し、とんと卓にグラスを置いた彼は、冷徹な眼差しを牧島に向ける。
「うん。あのね、牧島くん。きみは破門だ」
息を呑む牧島に、会長は言葉を継ぐ。
「実はね、わたしはすでに堂本組の薬師神くんから、これらの証拠を見せてもらっていてね。きみと黒川真由華が密談した内容もすべて聞かせてもらったよ。ヤクのシノギが破門なのは承知の上だろうから、きみも覚悟があってのことだろう。極道なら、最後の年貢はきちんと収めたまえ」
さりげなく貴臣の傍に控える薬師神に、牧島は敵意を含んだ目をやる。
「薬師神、てめえ……」
「牧島恭介、あなたの負けです。わたくしからアドバイスするとしたら、毎回同じ料亭を使用するのは避けたほうがよいのではないかと思いますね」
すべては薬師神の描いた絵だ。
ヤクの不正取引、そして婚約披露パーティーでの犯行計画は料亭の密談で交わされ、その録音は堂本組の幹部が入手している。
彼らの行いを暴くため、もっとも効果的な舞台での出し物を演出しようと、私たちは入念に策を練ったのである。
歯噛みする牧島へ、貴臣はさらなる追い打ちをかけた。
「売人どものアジトはすでに押さえている。それからな、俺を襲撃したチンピラを突き止めたところ、おまえの差し金だと自白したぞ。銀山会の牧島恭介に、はした金で雇われただけだとな。真由華は葵衣を襲わせたかったようだが、先に俺を撃ち殺してから、俺の女を掠め取るという算段か。おまえの考えそうなことだ」
その言葉を耳にし、悔しげに身を震わせた牧島だったが、踵を返して会場を出ていく。
牧島が弁明するだろうと思っていた招待客たちは、呆気にとられていた。
会長が目で合図を送ると、壁際に控えていた部下がすぐさま駆け出す。
もはや破門だと悟った牧島は、逃げたのだった。
一同は残された真由華に注目する。
彼女は怯えた様子で、後ずさりした。
「う、うちはなんも知らん。牧島に騙されたんや。着物を裂いたなんて濡れ衣やて。あの女の自演や……」
卓にぶつかり、手をついた真由華の袂から、ぽとりと鞘に納められた短刀が零れ落ちる。
薬師神は素早くハンカチを使い、証拠品を拾い上げた。
この期に及んで苦しい言い訳を述べる真由華を、周囲の者たちは嘆息をもって応える。
私は最後の引導を渡した。
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