第48話
「わかっとるわ。手はずどうりやろ。はよ、この女を縛りいや」
床に投げ出されたロープを手にした牧島により、私の体が縛り上げられる。短刀を突きつけられているので、抵抗できない。
「や、やめて! あなたたちは……う……」
さらに手拭いを口元に巻かれ、猿ぐつわをされてしまう。これでは声を上げることも、身動きすることもできない。両手と両足を縛られて、無残に床に転がされた。
「パーティーが終わるまで、葵衣さんにはここにいてもらおうか。なに、心配いらない。あとで迎えに来てやるよ。そのときあんたは、俺の女だ」
「牧島さんには世話になっとるさかい、好きにしいや。けど、その前に……」
ぎらりと刀身を閃かせた真由華は、私の着物の裾を引っぱる。ざくざくと、何度も刃を生地に突き立てた。
つい先ほど、貴臣が褒めてくれた着物はひどく引き裂かれ、ぼろきれのように変貌する。
さらに彼女は私の指から、婚約指輪を乱暴に抜き取った。
「その恰好なら人前に出られんやろ。貴臣さんの許嫁はうちや。惨めったらしく床に転がっとき」
「ん、んん――っ」
閉ざされた倉庫の扉が施錠される音を耳にして、私は騙されたことを悟った。
牧島と真由華は共謀して、この婚約パーティーを自分たちの描いた絵に塗り替えるつもりなのだ。
暗い室内で必死にロープを解こうと身を捩るけれど、きつく食い込んだ縄はどんなに暴れても緩むことはなかった。
婚約披露パーティーの会場は、人々の楽しげなさざめきで溢れている。
華麗な花が飾られた円卓の周りで、グラスを手にした招待客たちは笑みを浮かべていた。
「堂本組長もとうとう年貢の納め時か。相手は黒川組のお嬢さんかな?」
「黒川組はうまいことやったもんだ。どうせ連合会長の椅子を……おっと」
噂話に興じていた幹部は、近づいてきた人物に気づいて口を噤む。
彼らは素早くグラスを卓に置くと、一斉に頭を下げた。
「会長、お久しぶりでございます」
「うむ。堅苦しい挨拶はなしでいいぞ。今日はめでたい日だからな。権左衛門さんが亡くなってからというもの、わたしは貴臣くんが嫁を取るのを心待ちにしていたんだよ。なあ、そうだろう?」
好々爺とした笑みをたたえた連合会長は、傍らの貴臣を見やる。
貴臣は苦笑を浮かべつつ答えた。
「ようやく祖父の墓前に報告できそうです。彼女は俺が子どもの頃に、祖父が見つけてきてくれた許嫁でしたから」
「ほう、権左衛門さんがね。それは初耳だ。ところで……その許嫁はどちらかな? そろそろ、わたしに紹介してくれんかね」
「ええ……支度に時間がかかっているようでして。もう一度、迎えに行ってまいります」
一礼した貴臣は踵を返した。
だが、その進路を真由華が塞ぐ。彼女は周囲に聞こえるよう、高らかに述べた。
「お待たせしました、皆様。黒川組、組長の娘である真由華でございます。うちが、貴臣さんの許嫁です。今後ともよろしゅうに」
招待客から拍手が湧いた。そんな中、貴臣ひとりだけが眉を寄せる。
「どういうことだ、真由華。葵衣はどこにいる?」
「あの愛人なら、ほかの男に乗り換えたいんやて、うちに言うとったわ。貴臣さんを捨てるなんて、ほんまひどい女やね。まあ、うちは浮気も男の甲斐性や思うとるから気にしてへんよ」
左手の薬指にはめたダイヤモンドの婚約指輪を、真由華は自慢げに掲げた。
はっとした貴臣は真由華の腕を掴み、指輪を見つめる。
「これは……俺が贈った指輪だな。葵衣がそんなことを言うはずがない。彼女に何をした⁉」
突如、会場が漆黒の闇に包まれる。
動揺した人々のざわめく声が満ちた。
舞台袖から成り行きをうかがっていた私は、音もなく中央に歩み出る。
眩いスポットライトが舞台を照らす。
暗闇に浮かび上がった私の姿を目にした人々は、あっと驚きの声を上げた。
「みなさま、本日は婚約披露パーティーにお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。私が堂本貴臣の許嫁であり、堂本組の姐御となります、葵衣と申します。どうぞお見知りおきを」
凜然と佇み、口上を述べる。
漆黒の着物に描かれた金の薔薇が灯りに煌めく。
片肌脱ぎにした胸元にはさらしを巻き、褄を取った足は曝している。
大胆な装いに、会場にはどよめきが広がった。
驚いた真由華は、壇上の私を指差す。
「な、なんで別の着物になってるんや⁉ 白綸子のは切り刻んでやったはずやのに! 縛りつけて倉庫に押し込んどいたやないの。どういうことや、牧島さん!」
名指しされた牧島は目を眇めて、小さく首を左右に振る。余計なことを漏らすなと言いたいらしい。
彼女の疑問に答えるべく、私は曝したほうの手を掲げた。
「あなたが切り刻んだ白綸子の着物とは、これのことかしら?」
合図により舞台袖から出てきた黒子は、咲夜である。彼は刃物でずたずたに切り裂かれた桜模様の着物を広げ、賓客に見せた。
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