第44話
不吉な一報が入ったのは、貴臣にプロポーズされた数日後だった。
事務所で舎弟たちと話している最中に、青ざめた若衆が慌ただしく駆け込んできた。
「たっ、大変です! 組長が何者かに撃たれて重傷を負いました!」
その言葉が鋭い刃のごとく私の胸を突き刺し、じわりと血が滲む感覚に襲われた。くらりと目眩を起こして、額に手を当てる。
息を呑んだ構成員たちは一斉に立ち上がった。
「それは確かなのか⁉ 誰だ、やったのは!」
「バカヤロウ! お嬢さんの前でわめくな。組長は今、どこにいるんだ」
ベテランの舎弟たちが狼狽する若衆を宥めようとしてか、声を張り上げる。
しかしそれは逆効果のようで、舎弟自身が動揺していることが伝わってしまい、居合わせた者たちは視線をさまよわせた。
襲撃を伝えに来た若衆は詳しい事情をわかっておらず、説明が要領を得ていない。かろうじて貴臣が総合病院に運ばれたということだけは把握できた。
傍についていた咲夜に、気遣わしげに訊ねられる。
「お嬢さん、顔色が悪いです。あちらで休みましょうか?」
「いいえ。病院に行くわ。車を出してちょうだい」
すっと立ち上がり、明瞭に発する。
堂本組が浮き足立つようなことになってはいけない。貴臣の容態は心配だけれど、今はみんなを動揺させないよう、私が気丈に振る舞わなくてはならないのだ。
凜として表情を引きしめる私を見た堂本組の面々は、それまで騒いでいた口を閉じた。
「私が詳細を確認してくるわ。みなさんは待機していて。決して噂や憶測で行動を起こしてはだめよ」
「承知しました、姐さん!」
堂本組の面々は一様に頭を下げる。
前を向いた私は舎弟たちに見送られる中、咲夜をともない事務所を出た。
病院へ向かう車中で、私の胸は早鐘のように鳴り響いていた。
貴臣は無事だろうか。重傷ということだけれど、どれほどの大怪我なのか。
どうか、命だけは助かりますように……
体の震えを必死に抑えながら、祈るように両手を合わせる。
ややあって病院に到着したので、呼吸を整えて車から降りた。たとえ何を見聞きしても、動揺して泣きわめいたりしないと心に誓う。
緊張しつつ窓口で訊ねると、貴臣はすでに病室に入っているとのことだった。
咲夜とともにエレベーターに乗り込み、スタッフから教えてもらった病室へ向かう。
「ここね……」
無機質な扉の前に立った私は、勇気を出してノックした。
すると室内から、「入れ」という貴臣の声が聞こえて、目を瞬かせる。彼の声音はいつもとまるで変わらなかった。
おそるおそる個室の扉を開けると、不機嫌そうな顔をした貴臣がベッドにいた。仰臥してはおらず、枕に凭れて半身を起こしている。重傷のはずなのに呼吸器はおろか点滴すらしていない。
こちらに目を向けた彼は、ぱっと表情を輝かせる。
「葵衣、来てくれたのか」
もしかしたら想像したほどの大怪我ではないのかもしれなかった。
ベッドに近づいた私は貴臣の手を握った。それが温かいことを知って、ほっと肩の力を抜く。
「貴臣……無事だったのね。何者かに撃たれて重傷だと聞いたけれど、怪我はどの程度なの?」
「撃たれたのは確かだが、どこにも怪我はないぞ」
眉をひそめた貴臣は、傍らに控えていた薬師神を見やる。
眼鏡のブリッジを押し上げた薬師神は、平然として述べた。
「重傷と伝えたのは、わたくしです。堂本さんが車から降りるところを襲撃した犯人は捕まっていません。ただ、どこかの組に雇われた人間であることは察しています。こちらで内々に調べるため時間が必要ですので、犯人を油断させるためにも堂本さんは重傷ということにして、しばらく入院していただきましょう」
事情を聞いた私は深く息を吐いた。
貴臣に怪我はなかったのだ。犯人を捕まえるために、薬師神が描いた計画だった。それを知り、安心して体から力が抜ける。
「そうだったのね……。貴臣が無事で安心したわ」
「俺が無傷だったのも、葵衣のおかげだ。あれが身代わりになってくれたんだからな」
「え……?」
サイドテーブルに置かれている小さなトレイを、貴臣は指し示す。
そこには、私が贈った青のお守りが破れた状態で置いてあった。こっそりと封入していた中身も取り出されている。
「やたら重いと思ったら、鉄板入りとはな。胸ポケットにお守りを入れていなければ、俺の心臓が撃ち抜かれていたところだ」
厨房でもらった鉄製の小皿は、弾を受けてひしゃげていた。
危険から守ってもらえるようにという想いを込めて、鉄の皿を封入したのだけれど、まさか本当に銃弾を受け止めるとは思わなかった。
なんという奇跡だろうと、驚きを隠せない。
「……お守りの効果があったのね。こうなることを予想して鉄板を入れたわけではなかったけれど、貴臣の命を守ることができてよかったわ」
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