第29話
そう思うと、ためらいが胸をよぎる。
しかもこの材料を購入するために、銀山会と揉め事を起こして迷惑をかけてしまったのだ。
あの日、落とし前をつけてもらうと貴臣に告げられ、バスルームで濃密に抱かれた。
私は許してもらえたようだけれど、咲夜は謹慎処分になり、離れの世話係は玲央に交代している。
一定の距離をきっちり置く咲夜とは異なり、気さくな玲央は友人のように私に接した。
「お嬢さん、お茶が入りましたよ。休憩したらどうですか?」
その声に、はっとした私は慌ててお守り袋をポケットに隠し、道具を片付ける。
テーブルに湯気の立ち上るポットとティーカップを置いた玲央は、さらりと述べた。
「今さら隠さなくてもいいですよ。組長にプレゼントする巾着袋なんでしょ?」
「……巾着袋じゃないわ。お守りよ」
ハーブティーの爽やかな芳香がリビングに満ちる。
隠していたつもりだったのだが、玲央にはお見通しのようだ。
私は両手を合わせて頼み込んだ。
「お願い、玲央。貴臣には黙っていてね」
「もちろん言いませんよ。俺はそんなに野暮じゃないです。でも……お守りということは、中に何か入れるんですか? 神社で売ってるやつは、紙とか入ってるんですよね」
神社のお守りには通常、祈りの言葉などが書かれた内符が封入されている。お守りを開けて中身を見たら罰が当たるとされているため、私は現物を確認したことはない。内符は紙であったり、木や金属など様々な素材だという。自作のお守りならば、パワーストーンなどの宝物を入れたりもするのだろう。
「そうなのよね……空なのは寂しいわよね。ちょっと、厨房へ行ってもいいかしら」
思いついたことがあるので、主屋の厨房へ入ることを願い出る。すると玲央は眉を下げて、困った顔をした。その表情は嫌がる猫を彷彿とさせる。
「咲夜に会いに行くんですか? 逢い引きだと思われますよ。組長にばれたら今度こそあいつの首が飛ぶんで、勘弁してやってください」
「どうしてそうなるのよ……。厨房にあるものを見繕ってほしいだけなの」
玲央と交代した咲夜が、今は厨房で食事の支度を行っていた。
一週間という期限付きだが、咲夜の作る料理もとても美味しい。玲央は料理番の地位が脅かされると、ぼやいている。
温かいカップを手にして返事を待っていると、玲央は思案した末に了承してくれた。
「まあ、いいですけどね。俺はいつも咲夜の手伝いで厨房に入ってますし。ふたりきりにはさせませんから」
「私はよほど信用がないのね……。貴臣は心配しすぎよ。私が浮気すると思ってるのかしら」
「それはベッドの中で組長に訴えてください」
どうにも玲央はあけすけで困ってしまう。極道は男所帯なので大胆なことを口にしても気にしないらしく、こういうものと割り切るしかないようである。
嘆息しつつお茶を飲んだあと、玲央とともに離れを出た。渡り廊下を通り、主屋の厨房へ足を向ける。
私が厨房へ入るのは初めてなので、料理を作るところが見られるのは楽しみだ。
磨り硝子の引き戸を開けた玲央は、中へ向かって声をかけた。
「おう、咲夜。来てやったぞ」
「玲央さん、まだお手伝いは必要ありません。仕込みの最中です」
淡々とした咲夜の声が返ってきた。彼はこちらに背を向け、作業台から目を逸らさない。
堂本家の厨房は一般的な家庭の台所よりもかなり広く、ホテルの厨房ほどの器材が揃えられていた。銀色に輝く作業台が目に眩しい。
玲央のあとから厨房に入ると、ふと振り向いた咲夜は息を呑んだ。
「お、お嬢さん⁉ どうしました、何かありましたか?」
動揺しつつも、咲夜はボウルから手を離し、調理用手袋を外す。
ボウルには酒で漬け込まれ、ハーブがまぶされた鶏肉が入っていた。今夜のメインは鶏のハーブ焼きらしい。
「たいしたことじゃないの。お守りに入れるために、あるものを厨房から譲ってもらえないかと思って」
「お守りに……? それは、何でしょう」
詳しく話すと、咲夜と玲央は「なるほど」と納得してくれた。
棚を探り、該当のものを取り出した咲夜は作業台に乗せる。
「これなんかどうでしょう。あまり使い道がないので、棚で眠ったままになっているものです」
「素材もサイズも、思っていたものにぴったりだわ。ありがとう、咲夜。使わせてもらうわね」
「どういたしまして。お嬢さんのお役に立てたなら幸いです」
ちょうどよい品物が見つかってよかった。私は譲ってもらったそれを、そっと胸に抱く。
はにかむ咲夜を、玲央が肘で小突いた。
「すっかり厨房の主になってんじゃねえよ。俺が料理番に復帰するまで、あと二日だからな」
「自分はもう少し調理担当でもいいかなと思っていますけどね。玲央さんには料理の監修や盛りつけなども手伝っていただいているので、とても助かっています」
「俺は料理番のほうがいい。……けど、この配置替えは組長が俺たちの能力を見極めるためのものだと、俺は思ってる。やらかすんじゃねえぞ」
「わかっています。気をつけます」
表情を引きしめた咲夜と玲央は、拳を軽く突き合わせる。
ふたりの絆の深さを見て取り、私の心はほっこりと温まった。
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