第28話

 でも……どうしても、貴臣にお守りを手作りして贈りたかった。

 問い質されることはなかったので、どうして外出したのか説明していない。できればお守りのことは、渡すまで伏せておきたかった。

 バッグに手を伸ばしかけたとき、足音が近づいてきたので咄嗟に引く。

 扉を開けて入ってきた貴臣の表情は、不遜を湛えていた。

「さて。俺の目を盗んで咲夜と遊びに出かけた挙げ句、牧島に抱かれそうになっていた言い訳をしてもらおうか」

 ひどい言い方に目を見開く。

 けれど貴臣にしてみれば、そういう状況になるのだ。彼の許可を得ようとせず、こっそり外出したことは間違いないのだから、罵られるのは当然だった。せめて人前で怒らなかったのは、貴臣の恩情だろう。彼は私を許したわけではない。

 俯いた私は、謝罪の言葉を絞り出した。

「ごめんなさい……。買い物に行こうと思い立って……あそこが銀山会の縄張りだなんて知らなかったの。咲夜は警戒してくれてたのだけど、男の人たちに囲まれてしまって……」

「咲夜を通して玲央から連絡を受けた。因縁をつけてくるのは牧島の常套手段だが、隙を見せるほうが悪い。俺が駆けつけなかったら、おまえは牧島の女にされていたぞ」

 それは貴臣の面目を潰すということだ。

 堂本組の連携により事なきを得たが、貴臣が助けに来てくれなかったら大変なことになっていた。 

 しゅんとして、私は肩を落とす。

「ごめんなさい。私が悪かったの」

「謝って済むわけないだろう。このおとしまえ、つけてもらおうか」

「……えっ」

 顔を上げた瞬間、視界がぐるりと回る。

 私の体は貴臣の剛健な肩に担ぎ上げられていた。

「きゃ……お、下ろして!」

 手足をばたつかせるけれど、しっかりと抱えられているので身動きがとれない。

 私を担いだまま貴臣はリビングを出て、廊下の奥へ向かった。

 寝室へ入ると、大股で脱衣所を越えて浴室に踏み込む。

 そこでようやく私の体が肩から下ろされた。

 ほっとしたのも束の間、貴臣はシャワーのコックを捻る。すると天井に設置されたレインシャワーから、勢いよく水滴が降り注いだ。

 雨に打たれたかのように、瞬く間に服が濡れてしまう。

 貴臣はジャケットを脱ぎ捨てると、壁に手をついて私の体を縫いとめた。

 はっとして顔を上げる。彼の双眸は爛々と光り、情欲を露わにしていた。

 欲情されていることを意識して、体の芯がぞくりとする。

 雄々しい唇が迫り、噛みつくようなくちづけが与えられて、息を呑む。

「ふ……っ」

 歯がぶつかり、性急にもぐり込んできた獰猛な舌に、怯える舌が搦め捕られる。

 きつく吸い上げられ、くらりと目眩が起こる。

 頽れそうになる体を抱き留められて、水の音色に混じりながら濃密なキスを交わした。

 濡れた舌を絡め合い、粘膜を擦り合わせる。混じり合う互いの唾液を嚥下した。

 やがて唇が離されるけれど、吐息のかかる距離から貴臣は私を見据える。彼の眼差しには愛しさの中に切なさが募っていた。

「おまえは俺だけを見ていろ。ほかの男を見るな。ほかの男の名前も呼ぶな」

 熱情を込めて告げられ、心の奥がきゅんと高鳴る。

 もしかして……貴臣は嫉妬しているの?

 彼と濃厚に視線を絡めるだけで、体が熱く昂ぶっていく。

 甘やかされたり、傲岸に命令されたり。飴と鞭を交互に与えられて、悶える心と体が掻き乱される。

 貴臣の息遣いが獣のように荒くなる。

 覆い被さる強靱な体躯が熱い。獰猛な雄に抱き込まれて囚われ、逃げる術はなかった。

 狂おしい官能に灼かれ、終わりのない悦楽の沼に沈んでいく。

 男の腕の中に囚われて、私は絶頂を極め続けた。

 肩を甘噛みされて、鈍い痛みが甘い疼きに代わる。

 熱い吐息を含ませた艶声が耳元に吹き込まれた。

「俺の子を産め」

 貴臣は、私の耳朶を舌で舐め上げた。

 シャワーに煙る浴室で、私は意識を失うまで抱かれ続けた。


 きゅっと亜麻色の紐を結ぶ。完成したお守り袋をてのひらに乗せ、改めて眺めた。

 爽やかな青の生地を飾る、二重叶結びにした紐。

 これはお守りだと一目見てわかるのではないだろうか。

「ふう……完成したわ」

 先日、貴臣に贈り物をしようと思い立ったお守り袋がついにできあがった。

 ポーチと同じ作り方なので複雑な裁縫ではなかったけれど、縫い目が大きいと形が崩れやすい。細心の注意を払いながら、一針ごとに心を込めて縫い上げた。

 作成しているところを見られないよう、貴臣の留守中にこっそり作っていたので、彼にはまだ何も伝えていない。

 いざ披露したとき喜んでくれるだろうかと、今からどきどきしてしまう。

 極道の跡取りとして生まれ、ほしいものは望めば何でも手に入ったであろう貴臣にとって、こんな小さなお守りは取るに足りないものではないか。

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