第24話

 すぐに了承してくれた咲夜はウインカーを出す。

 ややあって、車は目的の商店街の近くに到着した。駐車場に車を停めた咲夜にドアを開けてもらい、外に降り立つ。街を歩くなんて久しぶりのことなので、羽を伸ばすようで嬉しい。

 古い繁華街は時々訪れていたところで、アーケードには商店が建ち並んでおり活気がある。奥は飲み屋街のようだが、寂れた雰囲気でそちらには足を踏み入れたことはない。

 咲夜は黙って私の少し後ろをついてくる。

 彼が油断なく周囲に目を配っているので、不思議に思う。

 ややあって手芸店へ辿り着くと、咲夜は声をかけてきた。

「自分はここで待ってますから、買い物してきてください」

「わかったわ。すぐに済ませるわね」

「どうぞ、ごゆっくり」

 てのひらを差し出され、店内へ促される。中学生のような容貌なのに、彼の言葉遣いや仕草が大人びているので達観した印象を受ける。街ですれ違う咲夜と同年齢の人たちはまだ学生も多いが、彼はそういった人々とは明らかに違った世界を歩んできたのだとわかった。

 きっと、貴臣もそうなのね……

 母親に去られ、父親を抗争で亡くしたと語っていた当時の貴臣は、今の咲夜のように年齢に見合わず、世の儚さをすべて悟ったとでもいうような青年だったのかもしれない。

 その頃に出会っていれば、今とは何かが違ったのだろうか。

 しんみりとした気分になったが、気を取り直し、お守りを作成するための生地や紐を選ぶ。

「どんなものがいいかしら。貴臣の好きな色がどれか、そういえば知らないわ……」

 彼はいつも漆黒のスーツを纏っているので、着ている服の色からは好きな色が判断できない。お守りなのに、まさか黒にするわけにはいかないだろう。

 迷った挙げ句、青の生地を選んだ。紐の色は彼の髪の色に合わせて、亜麻色にする。

「道具は借りればいいわね。あ、でも糸は青色のものを買っておかないと」

 あれこれと籠に入れて会計を済ませる。商品の入った袋をバッグに入れて店の出入口へ向かうと、咲夜はスマホを耳に当てて誰かと会話していた。

 もしかして貴臣からだろうかと思い、どきりとする。

 私が出てきたのを目にした咲夜は通話を切った。

「誰と話していたの?」

「玲央さんです。香辛料を買ってきてほしいとのことです。車へ戻りましょう」

 ほかにも買い物があるなら、この周辺で済ませればよいのではと思う。

 咲夜は急かすように、私の背に腕を回した。

「この近くで買ってはいけないの?」

「そういうわけではないですが、この辺りは別の組のシマなので……」

 言い終わらないうちに、私たちを取り囲む影に気づき、はっとする。

 厳めしい顔つきをした数人の男たちが、行く手を阻むように立ち塞がっていた。

 すかさず私の前に出た咲夜は、低い声音を発する。

「なんだ、あんたたちは」

 派手な服を着たチンピラ風の男は、咲夜を睨みつけて恫喝した。

「てめえこそなんだ。ここらは銀山会のシマだぞ。堂本組が土足で踏みつけていい場所じゃねえんだよ!」

 この繁華街は、銀山会という組織が管轄する領域だったらしい。ほかの組の人間が立ち入るのはよくないことなのだと、彼らの態度から察した。

 だから咲夜は、ここを訪れることを躊躇していたのだ。

「わかっている。すぐに出ていく」

 冷静に答えた咲夜は私を後ろに庇いつつ、その場を去ろうとした。

 けれど、ふいに横から伸びた手が私の腕を掴み上げる。

「きゃあっ!」

「おっと。女は置いていってもらおうか。牧島さんに上納しねえとな」

 その瞬間、咲夜は私を掴み上げた男を殴り飛ばした。

 男は後方に吹っ飛び、強かに体を打ちつける。

 通りすがりの人々から哀鳴が上がった。

 拳を引いた咲夜は剣呑な光を双眸に宿す。

「お嬢さんに、汚い手でさわるな」

「なんだと、この野郎!」

 怒号が上がる。咲夜を取り囲んだ男たちは一斉に殴りかかった。

 息を呑んだ私の体を、咲夜は押し出して男たちから遠ざけた。

「お嬢さん、逃げてください!」

 男たちの拳を躱した咲夜は足払いをかける。ひとりの男が体勢を崩した隙に、背後から襲ってきた男に突進して頭突きを食らわせた。

 相手は五人もいるのに、咲夜は果敢に立ち向かっていく。

 どうしよう。誰かを呼ばないと。

 そう思った私は駆け出そうとした刹那、泰然として立っている新たな男に阻まれた。

 サングラスをかけている角刈りの男は、黒のスーツを着用していた。

「堂本組の姐さん。ここで逃げられては互いに示しがつきませんので、ちょっとうちの事務所にお越しいただいてよろしいですか。すぐそこですので」

 落ち着いた物腰は、彼がチンピラ風の男たちとは異なり、格上であるとわかる。

 しかも私が堂本組の姐御だと、彼は知っているのだ。正確には違うのだけれど、今は説明している場合ではない。

 私は勇気を奮い立たせ、毅然として応対する。

「わ、わかりました。お邪魔いたしますから、彼らの喧嘩を止めてください」

「その必要はありません。もう終わりました」

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