第23話
私の背後にいた咲夜が冷静に答える。
「西極真連合のひとつである黒川組、組長の娘さんです。うちの組長と、お知り合いです」
「そうなの……」
見れば、すべての荷物は彼女から貴臣に宛てたものだった。
この大量の荷物全部に、高級な時計と同等の贈り物が入っているとすると、相当な額になる。単なる知り合いからの私的なプレゼントとしては、常軌を逸脱していた。
もしかして、ふたりは特別な関係なのかしら……
私の心配を汲んだかのように、咲夜は言葉を重ねた。
「こういった贈り物はいろんな方から、よくいただくんです。組長は先代の連合会長の孫として影響力がありますから、連合に加入したいだとか、出世するために推してほしいだとかいう人物がおもねるわけです。でも組長は黒川組とは距離を置いてますから、これらの贈り物は受け取らないようにという指示を受けています。念のため中身を確認するので開封しているだけです」
隣にいた若衆が慌てて小箱が入っていた段ボールを捧げるので、私はそこに時計の入った小箱を戻した。この品々は送り主に返すらしい。
「そ、そうなんですよ。咲夜の言うとおりです。黒川組の組長は次期連合会長を狙ってるんですよ。だから娘を……」
「お嬢さん。ここは若衆たちに任せて、外へ出ましょう」
咲夜に話を遮られた若衆は、さっとこちらに背を向けて作業を続ける。私がこの場にいると、やりづらいといった空気が滲んでいるので、今日は手伝いを申し出ないほうがよさそうだ。
「そうね……。みなさん、がんばってください」
「オス!」と、威勢のよい返事を受けて、事務所の外へ出る。
どこか腑に落ちないものがあるけれど、極道の世界にも様々な思惑があるのだろう。この業界に馴染みたいわけではないのに、なぜか疎外感を覚えた。
ふと、貴臣からたくさんの贈り物をいただいていることを思い出す。結局クローゼットにしまい込まれたままになっているけれど、あれらの品は正確には私のものではない。
けれど、ほかの誰かが貴臣の妻として、彼が私に勧めた品々を受け取ると考えると、たまらない切なさに胸が引き絞られた。
「もらえばいいか、もらわなければいいかとばかり考えているから疲れるのね。私から、貴臣に何かプレゼントできないかしら」
世話になっているお礼として、彼に贈り物をしたい。
けれど先ほどの話から察するに、貴臣は高価な時計などをもらっても喜ばないだろう。直に欲しいものを訊ねたらおそらく、『跡取り』という答えが返ってくることは想像に易いので、本人には内緒にしておこう。
「ねえ、咲夜。貴臣がもらって喜ぶようなものって何かしら」
咲夜に意見をうかがうと、彼はさらりと返答した。
「お嬢さんからの贈り物でしたら、組長は何でも喜びますよ」
「相談にならないわね……」
「ちなみにですけど、金額は考慮しなくていいと思います。組長は仁義を重んじますので、いくら金を積まれても首を縦に振らないところがあります」
生まれたときから極道一家のお坊ちゃまなのだから、金や物には釣られないということなのだろう。そもそも私には、貴臣をお金で動かせるような財力などない。
「そうだわ。手作りのお守りはどうかしら。それならポケットに入れておけるから邪魔にならないし、もらっても気負わなくて済むわよね」
「よろしいんじゃないでしょうか」
「それじゃあ、今から道具を買いに行ってくるわね」
手作りなので、布や手芸道具が必要になる。門へ向かおうとすると、それまで平静だった咲夜は顔色を変え、素早い動きで止めに入った。
「ちょっと待ってください。街へ出かけるなら、組長の許可が必要です」
「でも、貴臣には秘密にしておきたいの。ほんの少し買い物に出かけるだけだから、大丈夫よ」
「ですが……」
「咲夜はついてこなくていいわよ」
そう言うと、息を呑んだ咲夜は目を見開く。
だがすぐに表情を引き締めて、彼は遠くに立っていた若衆へ向けて手を上げた。合図を受けた若衆が、車を用意する姿が見える。
「それだけはご勘弁ください。わかりました。組長には帰宅してから買い物の報告をします。自分が運転しますから、お嬢さんは後ろに乗ってください」
ひとりで買い物に行くことは許可されないようだ。咲夜の立場を考えて、無理に車を断るのも悪いだろう。
私はバッグを取ってくると、用意された黒塗りの高級車に乗り込んだ。
咲夜の運転で街へ出ると、久しぶりの景色に心が躍る。
窓に映る街並みは穏やかな時間が流れていた。ショッピングモールに近い大通りへ出たので、ハンドルを握る咲夜に指示を出す。
「隣の町まで行ってちょうだい。駅前の商店街があるところよ」
「え……あそこですか? あそこはちょっと」
なぜか渋い返事をされてしまう。小さな繁華街なので、車を停める場所に困るからかもしれない。
「お願い。大きな手芸店は、あの商店街にしかないのよ」
「わかりました」
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