第15話
どうしてこんな……寂しいなんて思うのかしら。
胸に手を当てていると、金髪の若衆に声をかけられる。
「お嬢さん、初めまして。俺は料理番の
これまでいただいた数々の料理は、彼が作っていたのだ。旅館やホテルのようなクオリティの高い料理はプロの料理人を彷彿させる。
「嫌いな食べ物はないわ。いつも美味しい食事を作ってくれて、ありがとう。プロみたいに上手なのね」
「調理師資格を持ってます。以前はホテルやレストランの厨房で働いていたんですけど、わけあって辞めて、組長に拾われまして」
辞職したわけを掘り返すのは失礼なので聞かないが、理由はなんとなく察せられた。
玲央の容貌が恐ろしいほど華やかなのだ。
精緻に整った目鼻立ちは誰が見てもイケメンで、体つきはすらりとしている。それに加えてやや長めの金髪なので、漆黒のスーツも相まって水商売のホストにしか見えない。
「そうなのね。てっきり女性のお手伝いさんが作っているものだと思っていたわ。私が子どもの頃はそうだったから」
「極道は男の世界なので、料理も掃除もすべて若衆たちがこなします。女性のお手伝いさんを雇うということは、少なくとも堂本組ではありえません。この家にいる女性は、お嬢さんだけですね」
そう言った玲央は咲夜に目を向け、言葉を継いだ。
「離れの掃除やお嬢さんの身の回りのお世話は、咲夜が担当します。こいつは若いですが仕事ができるので、何でも言いつけてやってください」
咲夜は床に手を突いて平伏した。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。咲夜と申します。組長から、お嬢さんのお世話を任されました。何卒よろしくお願いいたします」
堅苦しくも、きっちり挨拶される。
咲夜の誠実な態度には好感を持ったが、同時に困惑も湧いた。
離れの担当ということは、私と貴臣との生々しい情事もすべて彼は知っているわけである。クローゼットに衣服をしまったり、タオルなどを交換して度々部屋に出入りしていれば嫌でも気がつくだろう。まるで物音をさせないので、私のほうからは彼の存在に気づかなかったけれど。
咲夜は私よりも若いだろうに、何とも思わないのだろうか。
頰を引きつらせつつ、平伏している咲夜に訊ねる。
「……顔を上げてちょうだい。私はひとときの間、この屋敷にお邪魔しているだけだから。極道の姐さんじゃないのよ。そんなにかしこまられると、話しにくいわ」
「お嬢さんがそうおっしゃるのなら、少し崩しますね。二割ほど」
「二割……。咲夜は年はおいくつなのかしら。私は二十二歳だけれど、私より若いみたい」
「自分は十九です」
さらりと答える咲夜に絶句する。顔立ちが幼く中学生くらいに見えるので、落ち着いた物腰と礼儀正しい受け答えとの落差が激しい。
衝撃を受けている私に、咲夜は慌てて言い募る。
「こんな顔だから子どもだと思われることが多いんですけど、いろいろと場数を踏んでいるので、多少のことには動じませんから。自分は堂本組に入って一年ほどの新参者なのに、特別な仕事を与えられて光栄です」
閨でのことは気にしないと必死に言い訳されているように聞こえてしまい、顔を赤らめた私は身を小さくする。
片目を眇めた玲央は、からかうように咲夜に笑いかけた。
「回りくどいんだよ。組長とお嬢さんがヤってるとこ見ても興奮しませんからって、はっきり言っておけ」
「……見ていませんから。玲央さんは料理は上手なのに、言葉遣いは下手なところありますよね」
「言うじゃねえか。もっとも俺のいいところは、料理と顔だけだからな」
「そのとおりですよね。見た目はホストですし」
「おめえは『狂犬のチワワ』だろ。――お嬢さん、咲夜はこんな顔して腕っぷしがメチャ強いんですよ。半グレだった頃は喧嘩番長で、ついたあだ名が狂犬のチワワ……」
「ちょっと玲央さん、やめてくださいよ! 過去は関係ないです。今の自分は堂本組の若衆なんですから!」
己の過去を暴露する玲央を、咲夜は焦った様子で遮った。
仲のよさそうなふたりのやり取りが微笑ましくて、私は微苦笑を浮かべつつ見守る。
さて、と懐からメモ帳を取り出した玲央はペンを構える。
「それじゃあ自己紹介が済んだところで、お嬢さんの好きな料理をうかがいましょうかね。ちなみに俺の年齢は二十二歳です。お嬢さんとタメですね」
「……お嬢さんの代わりに自分が答えますけど、聞いてないです」
「うるせえよ。――で、朝食は和食とアメリカンブレックファストのどちらがお好みですか?」
くすりと笑いを零した私は、どちらも好きと答えた。
さらに詳細な料理の好みを訊ねられ、好きなお茶にまで話が及び、楽しく会話に花を咲かせた。
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