第12話

 気丈に振る舞ってみたものの、すぐに長い腕が絡みついてきて、体ごと掬い上げられる。

「きゃ……な、なにするの⁉」

「お嬢様を閨にさらうんだよ。俺の忍耐もそろそろ限界だ」

 軽々と横抱きにされて、舞台へ連れ去られる。

 数段の階段を上った貴臣は紗布を掻き分けた。

 そこには布団が敷かれ、二組の枕が並べられている。舞台と思っていたが、ここが寝室だったようだ。仕切られていたので、それとはわからなかった。

 ほのかな明かりを照らす行灯が、薄暗い褥を橙色に染め上げている。

 私の体は優しく布団に横たえられた。

 すると片手を取られ、指を絡め合わせてつながれた。強靱な肉体が覆い被さり、仰臥する私の体をすっぽりと隠す。

 どこにも逃げ場はなく、彼の腕の中に囚われた。

 精悍な顔が近づいたと思ったとき、雄々しい唇にくちづけられる。

 目を閉じて、彼の唇の弾力を味わった。

 あ……きもちいい……

 貴臣の唇も、つながれたてのひらから伝わる熱も、体の奥深くまで浸透して不安を鎮めさせた。

 情熱的に貴臣に抱かれた私は、彼の子種を体の奥底で受け止めた。

 これで彼の子を、孕んでしまうかもしれない。

 けれどそのことに嫌悪はなく、それどころか愛しさが胸を占めていた。

 どうしたというのだろう。彼との行為は、義務だったはずなのに。

 霞む意識の中でそんなことをぼんやり考えていると、体を重ねた貴臣は頰をすりあわせてくる。しっとりとした彼の肌の感触が安堵をもたらした。

「……最高だ。好きだぞ」

「あ……」

 とくん、と胸が弾む。

 貴臣に『好き』と言われて嬉しかった。私の胸にも恋心が芽生えるのを感じたから。

 けれどすぐにその淡い喜びを打ち消す。

 これは体を重ねた相手に対するリップサービスなのだと、私の脳が冷静に分析した。行為のあとなのだから、そうとしか考えられない。もしくは、『体が好き』という意味なのだろう。

 間近から私の顔を覗き込んできた貴臣は、愛しいものを見つめるように双眸を細める。

 情欲に濡れた瞳に愛しさの欠片がちりばめられているのを目にし、切なさが胸を衝いた。

 彼の情熱的な愛撫と甘い囁きに溺れていく。

 私は意識を失うまで抱かれ続け、濃厚な精を呑み込まされた。


 そうして私は数日間、褥に囚われ続けた。

 今日は何日なのかわからず、貴臣以外の誰とも顔を合わせない。 

 愛欲を貪ることの繰り返し。

 やがて頽れるようにして意識を手放した私は、ふと唇を塞がれたことで、うっすらと瞼を開けた。

「ん……」

 口中に冷たい水が流し込まれ、夢中で飲み下す。

 くちうつしで喉を潤すのは、なんて心地よいのだろう。まるで乾いた大地に雨が染み込むように、じんわりと水分が体中に浸透した。

 濡れた唇が離れると、貴臣はまた情欲に塗れた双眸を向けてきた。彼の性欲は限りがない。絶倫の男の相手をする大変さを身に染みて知ったが、今回は体を求める発言ではなかった。

「飯の時間だ。起き上がれないなら、ここで食べさせてやる」

 もう食事の時間らしい。

 食事は別室のダイニングに用意されているので、始めはそこでいただいていた。

 けれど食事を終えるとすぐに求められることもあったためか、『移動が面倒だ』と言い出した貴臣は、いつの間にか寝室のテーブルにセッティングさせるように命じたらしい。

 舞台のような寝所のエリアから歩いてすぐの位置なのだけれど、さらにベッドまで食事を持ってこられたのでは、褥から出る時間がなくなってしまう。

「だ、大丈夫よ。食事のときくらいは落ち着いて食べたいから、テーブルへ行くわ」

 片眉を上げた貴臣はバスローブを手にすると、ふわりと私の肩にかけて裸の体を覆った。

「なんだ。俺に抱かれてるときは落ち着かないのか?」

 茶化すように言われて、腰をさらわれる。行為が終わったあとでもこうして彼はかまってきて、私から視線を逸らさないので、体の熱が冷める暇がなくて困ってしまう。

「落ち着かないわよ……。わけがわからなくなってしまうの」

「それでいい。俺とのセックスに夢中になっているおまえは、最高に可愛いぞ」

 額にくちづけをひとつ落とされる。たったそれだけのことで貴臣の熱を感じてしまい、胸がきゅんと疼いた。

 テーブルへ着席すると、そこにはご飯に味噌汁、鮭の切り身、小松菜のおひたしにお新香と、旅館の朝食のような膳が用意されていた。和食に限らず、洋食や中華など毎回様々なメニューが提供されるので飽きない。

 私と同じくバスローブを羽織った貴臣とともに、「いただきます」と挨拶した私は手を合わせる。

 箸を手にして食事をいただく。食材に高価なものが使用されていることがわかるが、それ以上に調理の腕前がよい。いただく食事はどれも味つけが絶妙で、美しく盛りつけされていた。

「食事は若衆が作ってくれているんでしょう? まるでプロが作った料理みたいね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る